岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 病態制御科学専攻 腫瘍制御学講座 免疫学分野 教授 鵜殿平一郎先生インタビュー 「メトホルミンによる腫瘍局所免疫疲弊解除に基づく癌免疫治療」(第1回)

免疫の研究に、多くの先生方と研究した経験が結びつき、今回の助成研究の発想につながっていったのですね。

 そうですね。話をもとに戻しますと、2011年当時、腫瘍免疫学の分野では、T細胞ががんを破壊できるが、固形がん環境下では、T細胞が免疫チェックポイント分子によって免疫疲弊してしまうことがわかっていました。そのころ私は、がんの代謝が変化すればT細胞が働けるようになるのではと考え、冒頭で述べた、カナダのバンフで行われた学会でメトホルミンのことを知ったのです。
 メトホルミンの服用で、マウスのがんは一体どうなるのか? 早速、2012年4月に入学してきた大学院生らと調べてみることにしました。
 この研究のコンセプトは「メトホルミンを飲んでがん予防」ではなく「がんが発生してからメトホルミンを飲む」ことです。がん予防の実験は簡単に成功しますが、一旦出来てしまったがんの免疫治療は、当時不可能と考えられていました。これは、留学時代に私も嫌というほど経験していました。 
 しかし、驚いたことに、メトホルミン服用を開始して1カ月後、マウスの背中にあったがんが完全に消失したのです。普通ではありえない現象でしたので、大変驚きました。

あまりにあっさりとがんが消えてしまっては、周りから信用してもらうことが難しそうですね。

 はい、この研究を本格的に開始したいと思っていたのですが、なかなか理解を得ることが難しかったですね。当時は免疫チェックポイント分子であるPD−1やCTLAに対するブロッキング抗体が大きな注目を集めており、これらは同時投与することによって多少の副作用はあっても、メラノーマ(悪性黒色腫ともいう、非常に悪性な皮膚がん)患者に対して80%以上の腫瘍退縮効果が認められていました。しかし、そうした抗体療法は単剤だけでも1200万円ほどの個人負担が予想され、2剤併用ならさらに莫大な治療費が必要となります。いっぽう、メトホルミンは1錠10円ほどの安価な薬であり、一年中飲み続けても10万円ぐらいで済んでしまうため「そんなうまい話があるのだろうか」と人から思われても当然だと思います。じっさい、研究費の申請をしても、どこも採用してくれませんでした。
 私自身半ば諦めていたところ、セコム科学技術振興財団さんから一次審査が通ったとの連絡が来ました。驚いて東京に行ったところ、審査長は免疫アレルギーについて明るい谷口克先生でした。やっと理解してもらえる先生に出会えたという喜びを、今でもよく覚えています。

準備研究では具体的にどのようなことをされたのですか。

 私達が免疫学的解析をした結果、メトホルミンによって腫瘍局所のT細胞の免疫疲弊からの回復、さらに免疫抑制のもうひとつの大きな存在である制御性T細胞(Treg)の機能も抑制されることが明らかになりました。
 つまり、メトホルミンが腫瘍特異的CD8T細胞の免疫疲弊を解除し、その結果がんを退縮させることが証明されたのです。

今後は、どのように研究されていきますか。

 メトホルミンによって引き起こされるがん治療のメカニズムをさらに掘り下げていくこと、さらに準備研究での動物モデルで得られた概念を、臨床研究で検証します。
 ヒトのがん組織からT細胞を回収することは難しいため、長崎記念病院や岡山大学医学部附属病院の方に協力していただき、癌性腹膜炎、癌性胸膜炎などで生じた腹水、または末梢血リンパ球細胞集団を回収します。それにメトホルミンを添加して、T細胞の免疫チェックポイント分子の発現および機能回復を観察します。
 この検査で機能回復が見られれば、実際に患者さんに投与を開始していきます。
 メトホルミンのがん細胞の傷害、免疫疲弊の改善、Tregの抑制など、単剤としての効果は驚くべきものがあります。がんワクチンなど、これまでに多くの研究者が積み上げてきた手法を組み合わせ、がんの完全制圧を目指していければと思います。

ありがとうございました。
メトホルミンの単剤としての優れた効果のみならず、さまざまな手法と組み合わせることによって、がん治療に新しい希望の光が見えてきた、ということですね。次回は、本格研究の進捗についてお伺いしたいと思います。