岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 病態制御科学専攻 腫瘍制御学講座 免疫学分野 教授 鵜殿平一郎先生インタビュー 「メトホルミンによる腫瘍局所免疫疲弊解除に基づく癌免疫治療」(第1回)

 現在、日本における死因の第1位は悪性新生物、すなわちがんであり、国民の3人のうち1人ががんによって死亡し、また生涯において2人に1人はがんに罹患する時代です。治療法としては、外科的手術、化学療法、放射線の3大療法が一般的ですが、近年では副作用が少ない「免疫療法」が注目されています。しかし、がん塊内では、免疫ががんを破壊する機能を失ってしまう「免疫疲弊」という現象が確認されており、免疫治療は成果を上げることができずにいました。  
 そこで今回は、免疫療法の新しい可能性について、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科病態制御科学専攻腫瘍制御学講座免疫学分野教授の鵜殿平一郎先生にお話を伺います。

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1991年長崎大学院卒業後、ニューヨークマウントサイナイ医科大学へ3年間留学。帰国後は岡山大学医学部助手、長崎大学医学部助教授を経て、(独)理化学研究所免疫アレルギー総合科学研究センターのチームリーダーに選定される。2011年から岡山大学大学院医歯薬学総合研究科病態制御科学専攻腫瘍制御学講座免疫学分野教授となり、現在に至る。
研究室URL 
http://www.okayama-u.ac.jp/user/immuno/index.html

まずは、今回の助成研究に取り組んだキッカケについて教えて下さい。

 もともと、私はがんの研究者というわけではありませんでした。熱などのストレスによって応答する、熱ショックタンパク質や免疫の仕組みを専門に研究していました。
 カナダのバンフで、がんの代謝についてのシンポジウムに参加していたとき「そういえば、糖尿病でメトホルミンを飲んでいる人は、がんになりにくいのですよね……」と誰かが発表していたのを聞いたのがきっかけです。メトホルミンは、糖尿病(第二型)の患者に対する薬ですが、これが免疫系統に作用し、がんに対して有効に働くのではないかと考えました。

糖尿病の薬ということは、血糖降下作用があるのですよね。それが、がんの治療とどう繋がるのでしょうか。

 血糖降下作用だけでなく、メトホルミンは低酸素、低血糖、熱などを誘導する熱ショックタンパク質のストレス応答と同様の働きをします。これにより、細胞内のエネルギーセンサーであるAMPKが活性化されるのですが、この活性が、がん治療の鍵となります。

AMPKとは何でしょうか。

 全ての真核生物は、細胞が活動するエネルギーとして、アデノシン-3-リン酸(Adenosine Triphosphate:ATP)を利用しています。
ATPがエネルギーとして利用されると、ADP(Adenosine Diphosphate:アデノシン-2-リン酸)
 とAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)が増えます。図式で表すと

ATP→ADP+リン酸→AMP+2リン酸

 というように分解され、リン酸ができる過程でエネルギーが産生されます。AMPK(AMPキナーゼ)はこのAMPによって活性化される酵素で、前述の低酸素、低血糖、熱などのストレス下においてAMPの増加に対して特異的な反応を示します。

AMPK活性化が、なぜがん増殖抑制に有効なのでしょうか。

 AMPKが直接がんを破壊するわけではありません。がんを破壊するのは、あくまでも免疫であり、なかでもT細胞が、がんを攻撃できます。
 T細胞はがん塊内に入り込み莫大な数のがん細胞と遭遇しますが、これに対処する過程でT細胞が疲弊してしまい、本来あるべき機能を喪失してしまいます。この疲弊(exhaustion)と呼ばれる現象は、T細胞表面に発現する複数の免疫抑制性分子「免疫チェックポイント分子」と、腫瘍に発現するリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)の結合によってもたらされます。AMPKの活性化はこの疲弊を解除し、T細胞に本来の機能を取り戻させることができるため、がん増殖抑制に有効に働くのです。