岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 病態制御科学専攻 腫瘍制御学講座 免疫学分野 教授 鵜殿平一郎先生インタビュー 「メトホルミンによる腫瘍局所免疫疲弊解除に基づく癌免疫治療」(第1回)

なるほど。これは先生が、免疫や細胞のストレス応答を専門にされていたからこその発見であると言えますね。本研究にいたるまではどういったご研究をされていたのですか。

 長崎大学大学院で学位を取得した後は、ニューヨークのマウントサイナイ病院への留学のチャンスを与えていただき、そこのボスであるDr.スリバスタバと共に熱ショックタンパク質の一種であるGP96、HSP70について研究していました。帰国後は岡山大学、長崎大学助手担当を経て、理化学研究所でチームリーダーとして、主に抗原提示について研究をしていました。

HSP70やGP96など、一概に熱ショックタンパク質といっても種類が多いのですね。

 熱ショックタンパク質は別名HSP、分子シャペロンといい、あらゆる細胞内に存在しています。
 シャペロンとは「お世話を焼く、介添えをする」という意味です。熱ショックとはいうものの、HSPの通常時の仕事は、細胞内でタンパク質が正しく折りたたまれるための補助です。また、前述の低酸素、低血糖、熱などさまざまなストレス下においては、個々の細胞が正常に機能するために必要なタンパク質の救助に加え、ダメージを受けたタンパク質をもう一度アミノ酸に分解してリサイクルするなど、多様な機能と役割をもっています。
 HSPはその分子量の違いに応じて、HSP40、HSP60、HSP70、HSP90、HSP100などの種類があり、役割はそれぞれ微妙に異なります。

今回のメトホルミンによるがん治療は、先生のHSP研究と、どうつながったのでしょうか。

 これは全くの偶然で、メトホルミンの作用が、熱ショック応答そのものであるとわかったときは驚きました。
 1970年代後半のマウス、ラットの研究で「がん細胞を攻撃する、免疫応答の誘導が可能である」ことが知られていましたが、実は長年の謎でした。がんは元々自己由来の細胞であり、免疫には「自己細胞を攻撃できない」という設定がされているため、なぜ自己由来の細胞に免疫応答を誘導できるのかがわからなかったのです。
 Dr.スリバスタバは「がん特異的抗原(タンパク質分子)が存在し、それを元に免疫が誘導されるのでは」という仮説を立てました。彼はスローンケタリング癌研究所の研究員のときに、このタンパク質分子の抽出に成功し「GP96」と命名しました。実はそのときの論文が、私が大学院生になって読んだ最初の論文でした。1986年4月のことでした。
 しかし、ここでまた大きな謎が浮かびました。このGP96というタンパク質は、正常細胞にも存在する、あのHSPだったのです。その後の研究で、正常細胞由来のHSP=GP96はがんに対する免疫を誘導することができず、がん由来のものだけがそれを可能にしていることがわかりました。

なぜ、がん由来のHSPだけが免疫誘導を可能にするのでしょうか。

 当時、私はそれが気になって仕方ありませんでした。ボスとの数年に渡る共同研究の結果、GP96とは別にがん細胞からHSP70を抽出し、さらにそのがん由来HSP70にATPを作用させると、がん細胞に対する免疫活性がなくなることを突き止めました。
 その後、HSP70にATPを加えると、分子溝に結合していた物質が放出され、これがペプチド(8個以上のアミノ酸が脱水縮合して結合したもの)であること、HSPは、正常細胞においてもそのようなペプチドと結合していることが明らかになりました。よって、がん由来のHSPなら「がん特異的ペプチド」と結合しているということです。GP96の場合も同様です。

つまり、HSPと結合したがん特異的ペプチドが抗原となり、免疫誘導していたことがわかったということでしょうか。

 そうです。HSPと結合したがん特異的ペプチドは、T細胞に認識してもらう土台となる役割を持つMHCクラス1によって抗原提示されますが、私たちはその機構の存在、またこのようなペプチドが細胞内プロテアソームにおいて産生されることを証明しました。このようなHSP研究をその後も継続し、世界初のHSP90ノックアウトマウスの作成に成功し、ある種の抗原提示にHSP90が関与することを証明しました。このマウスは、タモキシフェンという薬を投与することによりHSP90遺伝子を欠損する仕組みを持っており、こうした発想ができたのは博士課程でのご指導や、留学時代のボスをはじめとする多くの先生方と一緒に研究できたおかげです。