京都大学 教授 戸口田淳也先生インタビュー「疾患特異的iPS細胞を用いた難治性軟骨異常増殖病態の解明と再生医療への応用」(第1回)


さきほど、iPS細胞を軟骨細胞に誘導して三次元培養するとおっしゃいましたが、その過程で最も苦労されるのはどの部分でしょうか。

 iPS細胞から研究に必要な細胞を作るためには、分化誘導技術の精度向上が必須です。
 理化学研究所の高橋先生のチームはiPS細胞を網膜に分化誘導する技術が100%に至りましたが、99.9%であれば、移植手術はできません。場合によっては99.99%でも承認されないでしょう。

なぜ、それほど高い精度が求められるのですか。

 1万個の中に1個でも正しく分化しない細胞があれば、その1個が将来的に悪さをする可能性があるためです。再生医療において、分化誘導技術は限りなく100%に近づける必要があります。
 また、三次元的な培養方法の確立も必要です。たとえば軟骨は、Ⅱ型コラーゲンやヒアルロン酸、グルコサミノグリカンなどから構成される基質(マトリックス)の中に軟骨細胞が浮いている構造です。そのため、二次元的に細胞を作っても軟骨にはなりません。軟骨という組織を作るためには、小さいペレットを遠心分離器にかけてGを加えて固め、またGをかけて固めるという作業を繰り返し、三次元的な構築を行う必要があります。この方法では最大でも直径2ミリくらいのペレットしか作れませんが、私の研究においては病気の原因をつきとめて薬を開発することが目的なので、精度も大きさも、それほど厳密性は要求されません。
(上の写真は三次元構築中の軟骨)

再生医療を実現する厳しさが、よくわかりました。ところでCINCA症候群とOllier病の他には、どのような難病の研究を行っていますか。

 FOP(進行性骨化性線維異形成症)です。傷ついた筋肉や腱、じん帯が再生する際に激痛を伴いながら骨になるという病気で、患者数は国内では50人以下です。これまでは炎症や痛みを抑える薬しかありませんでしたが、患者さんから皮膚片を提供していただいたことで、iPS細胞を骨に変化させることに成功しました。現在、骨化を抑える治療薬の開発に向けて、製薬会社と協力して研究を進めています。

さきほどおっしゃったように、難病は患者数が少なくて研究が思うように進められない、ジレンマの厳しい領域だと思いますが、先生はなぜ研究対象に難病を選んだのですか。

 進行性の病気が多いため、医師として子どもの患者さんやご家族の方々と接していると、やはり「何とかしなければ」という気持ちになります。お年寄りの病気を軽視するわけではありませんが、さまざまな可能性を持つ子どもが何の治療も受けられないというのは、やはり問題があると思います。
 また、臨床医として病気を引き起こすメカニズムや科学的なルールに対する問題意識は常に持っています。解明されていない病気に対する使命感や興味は、患者数が多くても少なくても変わるものではありません。

iPS細胞の技術が世の中に広まったことで、難病の研究は進みそうですか。

 難病に対する考えが大きく変わったことは、間違いありません。すでに国が難病対策に本腰を入れており、昨年からiPS細胞を使った難病研究分野では大きな動きが続いていますから、このような研究は今後どんどん発展していくと思います。

難病の方が少しでも救われることを願って、私たちもより意味のある助成のあり方を模索していきたいと思います。
 第二回目のインタビューでは、改めてiPS細胞とはどういうものか、iPS細胞が世界にもたらした変化について、お話しをお伺いします。本日はどうもありがとうございました。


(インタビューを行ったセコム科学技術振興財団の杉井清昌氏とともに)