東京大学先端科学技術研究センター 神崎亮平先生・光野秀文先生・櫻井健志先生インタビュー「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」(第1回)
これまでとらえどころのなかった匂いというものが視覚的、安定的に判別できるようになったというわけですね。この画期的な研究は現在どのような方向で進めておられますか。
私たちの身近にいるショウジョウバエは、さまざまな匂いを区別しているようで、32種類の嗅覚受容体を触角にもっています。わたしたちは、この32種類の嗅覚受容体をもったSf21を1つ1つ作っています。そして、これら32種類の嗅覚受容体を別々にもったSf21を使い匂いセンサーを作ろうとしているのです。まさに、ショウジョウバエの鼻(触角)を完全再現した匂いセンサーです。さらに、昆虫は種類も豊富で,実にさまざまな匂いの応答する嗅覚受容体を持っているようですので、それをリストアップして、データベースにしていきたいと考えています。さまざまな嗅覚受容体がさまざまな匂いに対してどのように反応するかというデータベースができれば、たとえば検知したい特定の匂いがあれば、それを検知するのに最適な嗅覚受容体の組み合わせの匂いセンサーが提案できることになるでしょう。また、病気により特定の匂いが発することが知られていますが、それを検出するためのオーダーメイドセンサーができるようになるかもしれません。
匂いで病気が特定できるようになる、ということですね。まさに夢のようなお話ですね。また、匂い源を見つけ出すことも重要な課題と思いますが。
そのとおりです。カイコガの雄は雌の出す性フェロモンに反応する以外はほとんど動かないのですが、ひとたびフェロモンに反応する嗅覚受容体をもった神経細胞(匂いセンサー)が活性化すると雄は匂い源である雌をさがしはじめます。これはフェロモンに反応する匂いセンサーさえ反応すれば、雄は匂い源探索を行うとも言えます。そこでこの性質を利用したわけです。遺伝子組み換えにより、雄のこの匂いセンサーに別の匂いに反応する嗅覚受容体を入れたわけです。すると、カイコガの雄は、この別の匂いをフェロモンと思って、匂い源を探索し始めるのです。将来的には、爆発物や麻薬などに反応する受容体がわかってくれば、それらを導入することで、爆発物検知カイコガ、あるいは麻薬探知カイコガが生まれてくることでしょう。
もし、このようなことが可能になれば、紛争地帯でどこに埋まったかわからない地雷を探したり、地震などの被災地で瓦礫の下に取り残された生存者の探索もできますね。

このような匂い源を探す仕組みは脳のはたらきと思いますが、どの程度分かってきたのでしょうか。

また、捕まえようとしても巧みに回避する昆虫の行動を分析し、その能力をクルマに搭載し、ぶつからないクルマの開発に貢献するための研究も行っています。 昆虫の脳がわかれば、人の脳の仕組みの解明にもつながります。さらに匂いを切り口に、子どもたちの教育や文化活動、芸術への展開など、これらをすべて包括した形で研究を進めていければと願っています。匂いは感覚のなかでもまだまだ未知なことの多い、しかし、安心・安全、さらに人のこころや記憶にも深く関係する感覚なのです。