東京大学先端科学技術研究センター 神崎亮平先生・光野秀文先生・櫻井健志先生インタビュー「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」(第1回)

視覚や触覚などの感覚器官のなかで、最後の学問的フロンティアと目されているのが嗅覚(匂い)です。神崎亮平教授を中心とするグループでは、昆虫をヒントに独自の匂いセンサや探索ロボットを開発し、世界的な注目を浴びています。東京大学先端科学技術研究センターをお訪ねし、最先端の研究内容についてお伺いしてきました。 

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神崎亮平
1957年和歌山県生まれ。1986年筑波大学大学院生物科学研究科博士課程を修了。理学(博士)。1986年よりアリゾナ大学神経生物学部博士研究員、1991年筑波大学生物科学系助手、講師、助教授をへて、2003年同大学教授。2004年東京大学大学院情報理工学系研究科教授、2006年より東京大学先端科学技術研究センター教授、現在に至る。生物の環境適応能(生命知能)の神経科学に関する研究に従事。日本比較生理生化学会会長。
光野秀文
1975年京都府生まれ。2009年京都大学大学院農学研究科(応用生物科学専攻)博士課程を修了。博士(農学)。2007年より東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、現在に至る。昆虫生理学、バイオセンサの開発に関する研究に従事。
櫻井健志
1976年島根県生まれ。2005年京都大学大学院農学研究科(応用生物科学専攻)博士課程を修了。博士(農学)。2005年東京大学大学院情報理工学系研究科博士研究員、2006年東京大学先端科学技術研究センター博士研究員をへて、2007年より同センター特任助教、現在に至る。昆虫の嗅覚受容と情報処理に関する研究に従事。

匂いというのは私たちの生活のいろいろな場面に存在していますよね

 たとえば、お茶などの飲料は味だけでなく香りを楽しむものですし、女性は少しでも自分を魅力的に見せようと香水を使用します。また人体に悪影響を与える住宅の塗装など、匂いに対する社会的関心が高まりつつあります。
 その一方で「人間は視覚動物であるから、匂いはあまり関係ない」とも、言われ続けてきました。実際、このようにインタビューの取材を受けていても、人同士は視覚や聴覚をメインにコミュニケーションをとっていますが、それでも、匂いというものは私たち生物にとって本質的なものなのです。

たとえばどんな例がありますか。

 線虫や細菌は匂いの出ている化学物質を捉えるため動き回りますし、匂いを鍵にエサを探し、狩りをする生物は多くいます。また、哺乳類ではネズミが匂いでグループを作るのも有名です。最近では人のガンの匂いを探知する犬までいます。

人工的な匂いセンサーというのはどうなのでしょうか。

 被災地での人命救助や、漏れたガス源や爆発物や地雷の探索など、私たちの実生活上の安全・安心を十分に達成できるほどの機能はまだありません。高感度で匂いを調べられる装置はありますが、それらは高価ですし、汎用性も低く、あくまでも研究用としてのニーズです。そこで、どうすればいいのかと考えた結果、「犬や他の生物が行っている仕組みを使ったセンサーを作ろう」という話になり、昆虫を研究対象に選びました。

昆虫とは、意外な気がします。

 昆虫はさまざまな環境に棲んでおり、匂いを重要なコミュニケーションの手段に使っています。花々を匂いで見つけるミツバチはよく知られていますが、何百万種類もいる昆虫のなかには、火災の時に生じる特別な匂いに反応して、50km離れていてもその匂いを察知する昆虫もいるのです。

実験には、どんな虫を使用されたのですか。

 カイコガです。絹をつくる昆虫です。左図をご覧ください。虫の触角は匂いを感知する鼻にあたる部分で、拡大すると分かりますが、毛が生えています。この毛の一番外の部分をクチクラといいます。クチクラには数十ナノメートルくらいの小さな穴が空いていて、ここから匂いの物質が入ってきます。匂いのセンサーにあたる神経細胞の膜の上には匂いを受け止めて反応する嗅覚受容体というタンパク質があり、この受容体に匂い物質がくっつくと、カルシウムやナトリウムなど電荷を持っているイオンが流れて電気が発生し、「あ、匂いがきた」と認識されるわけです。哺乳類では、匂いがくっつく受容体と、反応してイオンを流すタンパク質が別々になった複雑な仕組みで匂いを感じますが、昆虫では、受容体そのものがイオンを流しますから、哺乳類にくらべて簡単な仕組みになっています。