東京大学先端科学技術研究センター 神崎亮平先生・光野秀文先生・櫻井健志先生インタビュー「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」(第1回)


実際の嗅覚受容体の作成にはカエルの卵を使用されていると聞きましたが…。

 アフリカツメガエルの卵母細胞(右図)を使用します。そこに嗅覚受容体の遺伝子を入れることで、嗅覚受容体をもった卵母細胞ができ、匂いのセンサーに変身するのです。卵母細胞は直径が1mmほどあり、匂いに対する反応を調べる電極が刺し込めるため、反応を容易に計測できます。この匂いセンサーは、ppbという非常に薄い濃度の匂いでも反応します。

ただ、その卵を使っていると、安定した計測が難くなると。

 このセンサーの有用性が確認された一方で、計測が12時間に限定されたり、厳密な温度制御を要するなどの、センサーとして実用的に用いるには課題はあったのですが、一連の研究から生物の鼻のように高感度リアルタイムで反応する匂いセンサーを構築する基盤技術はできてきましたので、それらの課題を克服し、さらに安定して反応する匂いセンサーを構築するため、今回のプロジェクトの助成申請をさせてもらったのです。そこでヤガというガの仲間の卵巣由来の培養細胞を使用することで、画期的な匂いセンサーを構築することに成功したのです。この培養細胞は、ヤガの学名Spodoptera frugiperdaの頭文字のSとfをとって、Sf21(左図)という呼び方をしています。

なぜヤガなのですか。

 Sf21には本来、匂いに反応する受容体はありませんが、Sf21のゲノム(DNA)に嗅覚受容体の遺伝子を入れてあげることで、匂いに反応する細胞になるのです。このSf21は、無限に分裂する性質を持っていますから、一度、嗅覚受容体をつくるようにDNAを変えてしまうと、分裂した細胞もその性質をもつことなり、どんどんと同じ性質の細胞ができていくわけです。また、18℃から29℃という室温状態で機能することや二酸化炭素がなくても生存できる(哺乳類などの培養細胞は二酸化炭素がないと死滅する)など、Sf21を用いることで実用化に向けて大きく前進できたというわけです。

Sf21細胞で計測すれば、他にはどんなメリットがあるのですか。

 Sf21細胞を使えば、凍結保存も可能です。使いたいときまで冷凍しておき、使いたい人がいたら差し上げ、解凍して使用することができます。また、匂いに対する反応をイメージングという技術で容易に計ることができます。

イメージングについて、もう少し詳しくお教えください。

 匂いに反応するように改変したSf21は嗅覚受容体を持っていますが、この受容体に匂いがつくと、イオン、とくにカルシウムイオンが流れて、電気的に反応します。そこで、もう一つ別の遺伝子をSf21に入れたのです。それは、このカルシウムに反応して蛍光の明るさが変化するタンパク質をつくる遺伝子です。このような操作によってこのSf21は、匂いがくると蛍光の強さが変化する細胞に変身するわけです。このように細胞の反応を蛍光強度の変化として目に見えるようにすることをイメージング(可視化)と言います。匂いに反応するタンパク質(受容体)をひとつ、受容体と一緒に働く共受容体と呼ばれるタンパク質(図中ではOr83bファミリーと記載)をひとつ、カルシウムにくっつくと蛍光変化が起こりピカッと光るようなタンパク質をひとつと、合計三つのタンパク質を作る遺伝子をSf21細胞に入れることで、イメージングによって匂いの反応がわかる細胞ができあがったのです。嗅覚受容体は1種類ではなく、たくさんの種類があり、それぞれどのような匂いに反応するかが違います。そこで、異なる嗅覚受容体をもつSf21をつくると、匂いの種類によって、それぞれがさまざまな強さで光ることになります。匂いの種類によって、違った光のパターンがあらわれるわけです。

この中に、細胞が入っているのですか。

 そうです。この3cm×7cmの化学チップ(左図)の上に複数の細胞培養部位があり、異なった嗅覚受容体をもつSf21を培養するわけです。すると、匂いの種類によってさまざまな蛍光パターンがでてきます。それらを検出するために、その下にCMOSセンサーを設置しました。