東京大学先端科学技術研究センター  生命知能システム分野  神崎亮平先生 光野秀文先生 インタビュー「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」(第2回)

以前、本ホームページのなかで取り上げて大好評だった神崎亮平・光野秀文両先生の「昆虫嗅覚センサー情報処理による匂い源探索装置の開発」というインタビュー記事。じつはこのテーマは神崎先生の研究グループが目指しているテーマの一部分に過ぎませんでした。ではその全体のテーマは何かというと、近未来における「安全・安心社会」の実現です。両先生によると、私達が目指すべきその社会は、単にITが進化発展し、無機質な動きをするロボットが利用されるイメージではないそうです。前回のインタビューでは紹介しきれなかった部分を補足してもらいながら、先生の最新の研究内容と、私達の社会が目指すべき科学の方向性についてまでを、お聞きしてきました。

「助成研究者個人ページへ」

神崎亮平
1957年和歌山県生まれ。1986年筑波大学大学院生物科学研究科博士課程を修了。理学(博士)。1986年よりアリゾナ大学神経生物学部博士研究員、1991年筑波大学生物科学系助手、講師、助教授をへて、2003年同大学教授。2004年東京大学大学院情報理工学系研究科教授、2006年より東京大学先端科学技術研究センター教授、副所長。現在に至る。生物の環境適応能(生命知能)の神経科学に関する研究に従事。日本比較生理生化学会会長。

光野秀文
1975年京都府生まれ。2009年京都大学大学院農学研究科(応用生物科学専攻)博士課程を修了。博士(農学)。2007年より東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、2013年同大特任助教、現在に至る。昆虫生理学、バイオセンサの開発に関する研究に従事。

神崎先生が研究をスタートされた、直接のきっかけは何でしょうか。

  実は「脳を作りたい」という夢を少年の頃から、ずっと持ち続けていました。究極的には、人間の「脳」を理解するためですが、生物が進化を通して作り上げた情報処理装置である「脳」を工学的に作り出したいということです。動物の身体全体を見渡しても、脳はその複雑さ、緻密さから「最大のミステリー」と言われています。そして、作り出した脳(仮想脳と呼んでいます)をコンピュータでシミュレーションしたり、ロボットに搭載して、きちんと機能しているかを実際の環境下でテストする。そのような研究を通して、脳のしくみを探っていきたい。その研究の先には、脳の神経回路を自在に操作できるような技術があると思います。また、生物のようなすばらしい機能をもったロボットも誕生するかも知れません──学生時代からそんなことを夢見ていたのです。
  そして、そのような研究を展開していくためには、何が必要かと考えた結果、いきついたのが『センサ』『脳』『行動』という3つのキーワードです。これらがすべてが揃ってはじめて、脳のしくみがわかり、生物のような機能を持ったロボットを作り出せるのではないかと思っています。

ほ乳類や鳥類などではなく、昆虫に着目したのはなぜですか。

  昆虫は生物全体の種の70%以上を占めています。この事実を裏返して考えてみると、昆虫は何十億年かの地球の歴史で、巧みに生き残ってきた強くて賢い種の証といえるかもしれません。昆虫は6本の脚で垂直な壁を難なくよじ登り、4枚の翅で空中を駆け巡り、複眼をつかって障害物をみごとに避けることができます。また、数キロも離れたメスを匂いを頼りに探し出すこともできるのです。このようなわれわれには信じがたい能力を、小さな昆虫が実現している。情報処理に使っている脳も1-2ミリほどの米粒のようなものです。昆虫は長い進化の中で培った機能を持っており、時々刻々と変化する環境下でも瞬時に対応することができるすばらしい生物なのです。学ぶことがたくさんあるわけです。

昆虫がそこまですごいとは知りませんでした。

  このような優れた能力はたくさんあるのですが、中でも匂い源探索の能力には目を見張るものがあります。犬の嗅覚は人間より何万倍も優れていると言われていますが、昆虫も犬に匹敵する嗅覚能力を持っています。私達の身近にいる、普通の昆虫が、人の汗、腐敗臭、爆発物などを的確に探し出すことができるのです。

昆虫がすごいことはわかりましたが、犬でも空港などでの麻薬犬、犯罪捜査における警察犬として活躍しています。それではいけないのですか。

  確かに実際に活躍しているのは犬ですね。しかし、犬を匂い探知に使うには、いくつかクリアしなければならない問題点があります。まず、1人前になるまでのトレーニングには、たいへんな労力、時間、費用がかかりますし、動物愛護の問題もあります。

自動ロボットはいろいろな分野で活躍していますね。

  そうですね。最近では介護支援型ロボットや、自動運転の自動車もそうですね。
  これからはわたしたちの社会において、ロボット化が進んでいくと思います。それは、今まで生物と共存してきたわれわれ人類にロボットという新たな共存仲間が増えたことを意味します。そこで、ロボットの研究に生物のしくみをもっと生かせないかと考えています。今後ヒトとロボットが共存することを考えると、ロボットがもっと生物のように振る舞えることが大切と考えています。生物のように振る舞うことのできるロボットならば、人間と一緒に共存できる仲間として受け入れやすくなってくるのではないでしょうか。