京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 教授 福原俊一先生インタビュー「医療の質改善を目的とした次世代診療支援システムの開発と活用」(第2回)

 日本はこれまでどの国も体験したことがない超高齢社会へ突き進んでいます。そのスピードは以前から予想されており、いつまでに何を整備しなければならないのか、医療・福祉分野を中心に繰り返し議論され、計画の策定と修正が行われてきました。しかし実際、準備はなかなか進まず、課題が山積したまま時間ばかりが過ぎています。
 前回のインタビューでは、複数の疾患を持つ高齢者に対する医療のあり方、プライマリ・ケアの重要性についてご説明いただきました。2回目のインタビューでは医療現場の課題に踏み込み、質の高い医療を提供するうえで不可欠な医療データの活用方法と、データ収集・管理を行うシステムの構築について、詳しくお聞きします。

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1979年北海道大学医学部医学科卒業。横須賀米海軍病院インターン、カリフォルニア大学サンフランシスコ校内科レジデントを経て、国立病院東京医療センター循環器科、総合診療科勤務。1991年に再び渡米し、ハーバード医科大学臨床疫学・医療政策部の客員研究員に。翌年帰国し、東京大学医学部講師から、2000年に京都大学大学院医学研究科教授となり、現在に至る。2000-02年東京大学教授併任。米国内科学会(ACP)専門医、ACPマスター(MACP)、中央社会保険医療協議会・医療技術評価分科会委員等を歴任。現在、日本プライマリ・ケア連合学会理事、米国内科学会日本支部理事。2015年第7回世界医学サミット会頭(ベルリン)。
<研究室URL>
http://www.healthcare-epikyoto-u.jp

前回は診断学やp−Listeners(R)について詳しく教えていただきました。今回は先生のもう一つの専門分野である『疫学』についてお伺いします。そもそも疫学とはどういう学問なのでしょうか。

 疫学は、感染症の原因や予防法を調べるための学問として始まりました。現在では慢性疾患をはじめ、人の健康を損なうさまざまな現象を研究対象にしています。
 医学研究といえば「なぜこの病気が発症するのか」というメカニズムを解明する研究がほとんどです。なぜがんが発生するのか、なぜアトピーになるのか、そのメカニズムの解明に焦点を当てて、マウスなどの動物を使って実験を行い、治療法の確立を目指します。
 疫学では、メカニズムよりも因果関係の推論と検証が中心になります。最初に仮説を立て、対象となるヒトの集団からデータを収集し、その仮説が正しいか否かを推論・検証していくのです。予防や治療効果の検証も行います。

病気のメカニズムを調べるのではなく、病気になった患者の集団を調べる、ということですか。

 患者だけでなく、健常人を含む地域住民などの集団を対象に、データを集めて解析します。これにより病気の発症や予防の研究が可能になります。
 たとえば19世紀、コレラは「空気感染する」と考えられていました。しかしイギリスの麻酔科医ジョン・スノーは「汚染された水を飲むとコレラにかかる」という仮説を立てて、地域住民が普段使用している井戸を調査し、水道会社に指示をしてその井戸を封鎖しました。すると、新たな患者はそれ以後発生しなくなりました。コレラが空気感染ではなく飲料水によって広がることを証明し、さらに新たなコレラ患者の発生を防いだのです。
 直接の原因となったコレラ菌が発見・同定されたのは、それから30年も後のことでした。

医学研究というより、社会学の調査のようですね。

 現代において、住民や患者が本当の意味で『健康」になるためには、「病気の原因を徹底的に調べて治す」という自然科学的なモデルのみでは足りないと感じています。
 患者さんは人間という生物ですが、家族がいて、親戚や友人がいて、会社で仕事をしているなど、社会の中で何らかの立場と役割を持って生きています。その患者さんを取り巻く家族の状況、経済環境、学校や職場でのストレス、地域でのおつきあい等の“非医学的な情報”なしに「何がその人の健康を害したのか」「その人にとって最適な治療やケアは何か」という判断はできません。
 つまりこれからの医師の役目は、ただ単に病気を見つけて治すだけではなく、患者さんの現在の健康状態を、生活環境、経済状況、ストレスなどを含めて評価することです。そのうえで、将来の病気の発症リスクを推定し、治療やケアの計画を立てるとともに、積極的に予防を行うべきであると、私は思っています。