京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 教授 福原俊一先生インタビュー「医療の質改善を目的とした次世代診療支援システムの開発と活用」(第2回)

3つの電子データを組み合わせたデータベースからは、どのようなことが分かるのでしょうか。

 患者さんの病名を正確に把握できるようになります。
 たとえばレセプト病名が「糖尿病」とあっても、本当に糖尿病なのか、単なる「疑い」なのかわかりません。しかし血糖値やHbA1c(ヘモグロビンエイワンシー)などの血液検査のデータがあれば、糖尿病か否か、どの程度の重症度なのか等が分かります。
 診断名、病名が正確でなければ、質の高い臨床研究を行うことができません。

そのシステムはもう完成しているのですか。

 はい、これを可能にしたのが『p-Retriever(R)』です。
 臨床研究では、臨床医がリサーチ・クエスチョン(RQ:臨床研究で明らかにしたい疑問)を考案し、そのRQに答えるために必要な情報を、診療情報から抽出します。この抽出作業が大変で、電子カルテを用いてもほぼ手作業で行っていたため、数カ月を要することも珍しくありませんでした。
 しかし『p-Retriever(R)』を用いることにより、必要なデータをほぼ自動的に、1時間以内に抽出することが可能になりました。

大幅な時間短縮が実現できたのですね。今回の研究では、他にどのような成果がありましたか。

 『p-Retriever(R)』や『p-Listners(R)』を、実際の診療現場、プライマリ・ケアの領域で実装できたことです。さらにクラウド型の電子カルテとも連動させました。
 とくに『p-Listners(R)』で得た患者報告型データのサマリーを、電子カルテの画面上に表示できるようにしたことで、プライマリ・ケア医は患者の症状や問題点の把握が容易になりました。診療時間の効率化が実現し、患者とのコミュニケ-ションの質が改善しました。
 セコム医療システムのクラウド版電子カルテを導入している北海道家庭医療学センター(HCFM)の4施設(合計患者数14911名)で実証研究を行い、今は全国10カ所の医療機関にこのシステムが導入されています。



プライマリ・ケアを行っていない病院でも、このシステムを導入することはできますか。

 プライマリ・ケア以外の、専門性が高い医療分野への応用も考えています。そのひとつが『透析用p-Listeners(R)』です。
 プライマリ・ケアのコンテンツのみでは、透析施設に対して十分な診療支援を行うことができません。そこで透析患者に特化したp-Listeners(R)を新たに開発しました。透析患者特有の問題に関する診療情報を患者さんから収集し、既存のスタンドアロン型電子カルテ、血液検査の結果、レセプト内容と連携させ、主治医にフィードバックすることで、診療の質の向上を目指すものです。

これらのシステムの実用化に向けて、とくに苦労した点は何ですか。

 p-Listeners(R)は「導入しやすさ」に配慮しました。普通の規模のクリニックでは、各診療科にiPad2台と、情報を統括するパソコンが1台あれば、システムの導入が可能です。
 苦労したのは、患者さん側の問題と医師側の問題、2つのニーズを満たすコンテンツ作りです。開発中は、患者さんが答えやすい質問数と医師が欲しい情報数とのせめぎ合いや、研究チーム内で意見が分かれることもありました。また「どの情報が重要か」を判断する基準が医師によって異なるため、質問内容のすりあわせにも苦労しました。

医師によって「重要な項目」が異なる理由は何でしょう。

 必ずしもそれだけが原因ではありませんが、現在の医療は患者さんと医師が1対1で行っているため、自分以外の医師が他の患者さんにどのような治療を行っているのか、ほとんど把握できません。また、患者さんも医師によって判断が異なることは感じていますが「どの医師にかかればベストの医療が受けられるのか」が分からず、不安を抱いています。
 患者さんにとっての「安全安心な医療」とは「どの医師にかかっても判断基準が同じで一定レベルの医療が受けられる」ことです。その実現のためにも、バラバラに行われている医療の標準化を進めていく必要があります。

どの病院、どの医師でも同じ基準の医療が受けられるということは、理想的な環境だと思います。それでは最後に、超高齢社会の医療を担う医師たちへ、メッセージをお願いします。

 医学研究といえば、大学で基礎研究を行うイメージが浮かぶと思います。しかし医療の質を上げるエビデンス作りは、病院や診療所などで患者さんの声を聞き、実際に触れて、治療を行っている臨床医による臨床研究こそが、大きなカギになります。
 日々の診療の中で、先輩や同僚に教えられたことが「少し違うのではないか」と感じたり、「こうしたほうが良いのではないか」といった漠然とした疑問が浮かぶことがあるでしょう。それは「クリニカル・クエスチョン」といって、臨床現場にいる人しか思いつかない、ひじょうに重要な疑問です。
 臨床研究はその疑問を科学的な手法で解決するために行うものです。私は臨床研究の初歩である診療上の疑問「クリニカル・クエスチョン」を、研究の骨組み「リサーチ・クエスチョン」に変換する方法について解説した本を、これまで2冊出版しました。

 ぜひ参考にしていただき、いま抱えている疑問をリサーチ・クエスチョンに変えて、臨床研究に着手してください。そして今の時代に合う新しい診療スタイルをどんどん構築し、医療全体の質を上げる一端を担っていただければと思います。


今後も臨床現場へのp-Listeners(R)とp-Retriever(R)の導入や、医療データを活用した臨床研究が広がり、超高齢社会が到来しても患者が安心して主治医に病気や生活の相談ができる、そのような環境作りが進むことを願っています。
 お忙しいなか長時間のインタビューにお答えいだだき、ありがとうございました。