京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 教授 福原俊一先生インタビュー「医療の質改善を目的とした次世代診療支援システムの開発と活用」(第1回)

大学病院をはじめとする大きな総合病院では「3時間待ち3分診療」と良く言われます。そこまで行かなくとも、患者は担当医師と十分なコミュニケーションがとれず、医師も限られた時間の中で「この検査や治療が果たして最適なものなのか」と悩みながら、診察を続けています。さらに複数の慢性疾患を抱える高齢者が急増する中で、これに対応できるプライマリ・ケア医(総合診療医)の不足や医療体制の転換の遅れなど、医療現場には課題が山積しています。 京都大学大学院医学研究科の福原教授は、その解決手段の一つとして電子診療情報システム『p-Listeners(R)』を開発しました。患者が自分の困っていることや症状をより正確に医師に伝え、医師は、患者からより詳細な情報を得ることによって、科学的根拠のある検査や治療が行えるようになるシステムです。今後、日本の医療はどのように変わっていくべきか、お話を伺いました。

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1979年北海道大学医学部医学科卒業。横須賀米海軍病院インターン、カリフォルニア大学サンフランシスコ校内科レジデントを経て、国立病院東京医療センター循環器科、総合診療科で勤める。1991年に再び渡米し、ハーバード医科大学 臨床疫学・医療政策部の客員研究員に(ハーバード大学院修士課程修了)。翌1992年に帰国し、東京大学医学部講師から、2000年京都大学医学研究科医療疫学分野教授となり、現在に至る。2000-02年東京大学教授併任。2012年福島県立医科大学副学長(医師確保、健康長寿担当)、米国内科学会(ACP)専門医、ACPマスター(MACP)、厚生労働省「高度先進医療専門家会議」委員、「中央社会保険医療協議会・医療技術評価分科会」委員等を歴任。
<研究室URL>
http://www.healthcare-epikyoto-u.jp

先生の研究領域である「医療疫学」は、一般人には馴染みのない専門分野です。まずはその研究領域を選んだ経緯について、教えていただけますか。

 私は医学部を卒業した後、研修医として横須賀のアメリカ海軍病院で1年間、さらにカリフォルニア大学の内科研修で3年間、臨床のトレーニングを集中的に受けました。
 帰国してから循環器内科で10年ほど勤めましたが「患者さんに対して自分ができること」の限界が見えてきて、このままではいけない、次のステップに進まなければと思いました。どの医師も10年経験を積めば、そういう時期が訪れるのです。
 このような時、同じような思いを持つ多くの医師は基礎研究の道を選ぶのですが、私は臨床が好きだったので、なんとか臨床経験を活かせる研究はないかと探しました。そのうちにアメリカで臨床研究の人材育成プログラムが行われていることを知り、ハーバード大学へ行きました。そこで学んだ分野が、医療疫学です。臨床研究を実施するとともに、次世代の人材を育成する分野です。臨床研究とは、実験室で行う研究以外の研究をさし、人あるいは集団を対象に、日常的に実施されている検査や治療の実態、それが患者にとってどのように影響するのか、などを科学的に調べ、その結果を診療に還元する研究です。他に、患者にとって切実な症状やQOLを定量化する研究なども含みます。

ありがとうございます。インターン先に海軍病院を選んだのは、なぜですか。

 医学部6年生になったとき、自分が他の学生と比べてあまりに勉強不足であることに気づき「このままでは卒業してもまともな医者になれない。指導が日本一厳しい病院に研修に行かなければ」と思ったのです。全国の病院を見てまわり、最後に辿り着いた沖縄の県立中部病院で、指導医の先生が研修医にとても厳しい教育をされていました。「ここだ」と思ったのですが、よく話を聞いてみると、その病院の指導医はほとんどがアメリカで研修を受けていたのです。結論としてアメリカで研修を受けることに決めました。
 自分もアメリカの病院で研修を受けるべきだと思ったのですが、それまで英語はもちろん、アメリカの風習や文化について何も勉強していませんでした。そこで卒業後、まずは1年間、アメリカと同じ医療が行われている横須賀の海軍病院にインターンとして入りました。内科と外科で4カ月ずつ、小児科と産婦人科で2カ月ずつ学ばせていただき、日本ではなかなか得られない、すばらしい経験ができました。

日本の病院とは、どのような違いがあったのですか。

 見学者ではなく、患者の主治医として関わらせていただき、優秀な若手医師から濃厚な指導を受けられる研修プログラムであることです。とくに忙しかったのが産婦人科で、帝王切開の手術が毎晩3件もあり、たった2カ月で60人もの赤ちゃんをとりあげました。
 その後3年間、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の内科で臨床のトレーニングを受けました。横須賀で複数の診療科を経験してから、内科に集中できたことは、本当に幸運でした。
 もうひとつ驚いたのは、アメリカではむやみに検査をすると怒られることです。「検査をする前に考えろ」と言われました。確かに中部病院や海軍病院の指導医は、患者さんにどの検査を行うかを決めるとき、論理的に考えるプロセスがありました。

日本では大きな病院に行くとよく複数の検査をされますが、それは患者の訴えを元に医師が考えて、指示していることではないのですか?

 日本では、まずは「検査ありき」で、指導医からあれこれ言われることはありません。実は、日本の患者も検査が大好きなのです(笑)。私が医学生時代にならった診断学は、まずは多くの検査を行って、陽性・陰性の所見を組み合わせて診断するという“病名当てクイズ”のような方法が一般的でした。「医学の知識があって、検査をきちんと行えば、診断を間違えることはない」と思われているからです。

しかし現実では、検査を行っても、誤診はあります。

 そうです。誤診というより、第一に、検査そのものに内在する特性として「偽陽性(病気でないのに検査結果が陽性となる)」「偽陰性(その逆)」が必ず起き得ます。これを避けることができません。その原因は、患者さんのお話を良く聞かないことです。
 こんなケースがありました。「お腹が痛い」と感じたある女性が、病院の消化器科を受診しました。医師は「お腹が痛いのですね、じゃあちょっと見てみましょう」と、内視鏡を使って女性のお腹の中を確認しましたが、どこにも異常がみられなかったので、痛み止めを処方して様子を見ることにしました。しかしその後、女性は心筋梗塞であることがわかり、亡くなってしまいました。
 心筋梗塞でも、お腹が痛くなることがあるのです。「どんなふうに痛いのですか」と、腹部の痛みについて詳しく聞いてみれば「これは消化器が原因ではないかもしれない。心電図をとる必要があるかもしれない」という別の判断ができたはずです。私は過去に循環器の診療をしていたので、「胸が痛い」とやってきた患者さんのお話を5分くらい聞けば心筋梗塞かそうでないかだいたい推測できます。一般的にいって、熟練した医師が10分くらいかけて患者さんとお話し、上手に情報を得ることができれば(受動的に話を聞くだけでなく)、患者さんが持つ病気の8割を推測できます。患者さん本人から得られる情報は、それくらい貴重なものなのです。
胸痛の種類と診断仮説
『誰も教えてくれなかった診断学』(野口善令・福原俊一著 医学書院) より