京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 教授 福原俊一先生インタビュー「医療の質改善を目的とした次世代診療支援システムの開発と活用」(第1回)

5分や10分でわかるのですか。ごく短い時間のように思えますが、たいていは「○○でつらいのです」と言うと「検査をしますので、○○室に行ってください」と言われて、検査後に「これは○○ですね。薬を出しておきます」という感じで終わりになります。患者と医師は、実際は1分も会話していない気がします。

 必要な情報を得ることができなければ、必要な検査を選べず、ムダな検査ばかりをしてしまいます。そのため私はアメリカの臨床トレーニングで学んだ診断学のプロセスを、これまで若い医師や学生達に教えてきました。
(1) 患者の話を聞いて、問題解決の際に使われる言葉に書き換える。
 例:「通勤途中に胸が痛くなり苦しい」→「労作時に現れ、軽い呼吸困難を伴う発作性の胸痛」
(2)「頻度の軸」「時間の軸」「アウトカムの軸」をもとに、鑑別診断(患者の特定の症状や兆候を来す可能性が高い疾患のリストを作り、追加情報から絞り込んでいくプロセス)を行う。
 ・頻度・確率の軸:患者の症状、背景や病歴から、頻度が高い疾患を優先的に考える。
 ・時間の軸:例え頻度が少なくても、緊急性の高い疾患を優先的に考える。治療が有効なタイミングを失わないように注意する。さらに時間の経過とともに悪化しているのか、改善しているのを、見落とさないこと。
 ・アウトカムの軸:頻度の軸としては優先順位が低いものの、見逃してはならない重篤な疾患を常に頭の隅におく。また疾患を示唆する兆候がなくても、そのような疾患を念頭におき、患者を意識的に観察することによって「見えないものが見えてくる」ことがある。ちょっとしたサイン(兆候)に重大な疾患のヒントが隠れていることがある(レッド フラッグ サインとも呼ばれる)。
(3)患者の情報から想起した疾患リスト(診断仮説)から、診断を絞り込んでいく。
 診断仮説の検証を行うプロセス:
 診断仮説を強化する、あるいは弱めるために能動的な質問や検査を行い、その答えや結果によって、診断仮説の取捨選択をする。

先生の著書『誰も教えてくれなかった診断学』に、そう書かれていますね。たしかにこの通りにやれば、無駄な検査は減りそうです。しかしトレーニングをして身につくまで、時間がかかるのではないでしょうか。

 これを実現するには、2つの課題があります。
 一つ目は、医師に、患者さんのお話をゆっくり聞き、診察する時間が短いこと。
 二つ目は、さらに患者さんも、自分の症状をきちんと順序立てて話すことに慣れていないということです。とくに高齢の患者さんは「昨日からお腹がずっと痛くて困っています。夕飯に脂っこいものを食べたせいかなと思うのですが、そういえば1週間くらい前からときどき痛くなることがあって、娘からはよく酒の飲み過ぎだと言われるのですが……」と、思いついたままのことを延々と口にしてしまう傾向があります。診察室の外には、別の患者さんがずらりと並んでいますから、とてもそうした話をゆっくり聞く余裕がありません。

たしかに「どんな風に痛いのですか」と聞かれても、うまく説明できないときがあります。

 患者さんは医師に話を聞いてもらいたいけど上手く話せない。医師は患者の話を聞くべきなのに聞く時間がない。これでは患者さんも医師も満足できません。
 この状況をなんとかしなければと思い、厚生労働省からいただいた研究助成金で行った「臨床疫学研究に活用可能な診療情報プラットフォーム構築」に関する研究で、p-Listeners(R)(pL)という、患者さんから直接得られる情報(Patient Derived Information : PDI)を活用した診療支援システムを開発しました。これは時間的な制約からベストの診療ができない中で、患者と医師を支援するシステムといえます。
 これはタブレット端末を用いて、診察の待ち時間の間に「(1)患者さんのお話を、医学的情報に翻訳する」プロセスを、医師に代わって実行するためのものです。
 通常、医師は患者が診察室に入ってきてから「どんな症状がありますか?」「それはいつからですか?」「どんなときに起こりますか?」といった質問を行います。この質問と、考えられる複数の回答をプログラムに組み込み、医師の代わりにプログラムが患者さんに質問して、回答を引き出していきます。
 そしてその結果は、ひと目で分かるほど整理されたデータになって、医師のパソコンに表示されます。
 この整理された患者さんの情報を元に、医師は鑑別診断を行い、具体的な疾患名をいくつか頭の中で挙げながら、検証を行っていきます。

さきほどおっしゃっていた5分、10分の会話で得られる情報を、待ち時間の間にITを活用して収集・整理しておく、ということですね。医師にとっては患者の情報が分かりやすい形で表示され、患者にとっても伝えるべき情報をシンプルに伝えることができる。大きなメリットがあるシステムだと思うのですが……。

 残念ながらPDIシステムは実用化が難しく、現場への採用には至りませんでした。
 今回セコム財団から助成をいだだきましたので、システムをブラッシュアップし、より現代のニーズに応えられるよう改良を行いました。

どのように変わったのですか。

 今後の医療ニーズに合うよう、プライマリ・ケア用のコンテンツを開発しました。
 まずはプライマリ・ケアについて、簡単に説明します。日本は高齢化が進むとともに、患者さんが持つ病気の数も増えてきました。現在75歳以上の超高齢者といわれる患者さんは平均5つほどの病気を抱えており、10種類以上もの薬を処方されています。
 超高齢者は若者よりも足腰が弱く、体力も落ちているため、定期的に5つもの専門医に通い続けることは困難です。同じような検査をされたり、同じような薬を出されたりしたら、医療費がムダに増えてしまいます。また、総合病院で出された薬を各医師の指示通りに全て服用したら、相性が悪い薬の組み合わせで、危険な状態に陥った、という話も良く耳にするようになりました。
 こうした問題を解消するために、我が国は、患者を総合的にみれるようになるために一定の修練を受けた医師を「総合診療医」として、19番目の専門医と認定するようになりました。患者が持つ複数の疾患と治療を一元的に管理し、必要に応じて専門医や、福祉サービス、地域サービスなどと連携を取りながら、対象者の快適な生活を総合的な観点から守っていきます。さらに総合診療医は、病気にならないように、また要介護状態にならないように、積極的に予防を実践する医師でもあります。
 このプライマリ・ケア医は、団塊の世代が全員75歳を迎える2025年までに増える予定であり、今後の日本の医療を担う大きな柱になるでしょう。このような情勢にも配慮し、『p-Listeners(R)』をプライマリ・ケア医の医療活動にも貢献できるよう改良したのです。