東京大学大学院工学系研究科 教授 浅見泰司先生インタビュー「空間関係・統計的性質を保持しつつ空間的個体特定化危険を回避するための空間情報安全化処理方法の開発」(第1回)

 インターネットの普及やIT技術の進化とともに、情報化が進んだ現代社会。顧客データや購買履歴、SNSでの情報発信や交通系ICカードによる乗車履歴データなど、多様かつ膨大なデータが日々生み出されています。そうしたビッグデータは目的に応じて分析され、行政やビジネスに欠かせない存在になりました。一方で、最近は大量の個人情報が流出する事件が相次ぎ「情報を守る」ことに対する社会のニーズが高まっています。今回は都市住宅論や空間情報解析の専門家である浅見先生に、ビッグデータを社会で活用しつつ、そこに含まれている個人情報をどのように保護するべきか、お話を伺いました。

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1982年3月東京大学工学部都市工学科卒業。1984年3月同大学の大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了。その後ペンシルバニア大学に留学し、地域科学専攻博士課程を修了。帰国後は東京大学に戻り、2001年4月に同大学空間情報科学研究センターの教授となる。副センター長からセンター長を務めた後、2012年8月東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻教授に就任し、現在に至る。


まずは先生のご専門についてお聞かせください。

 東京大学工学部都市工学科に学生として在籍していたころは、都市現象をモデル化するさまざまな分析手法について学びました。大学院に進学してからは地域科学に興味を持ち、アメリカのペンシルバニア大学に留学して立地論を学ぶとともに、国際的な研究活動を行うための基礎も学びました。
 現在は東京大学工学部都市工学科都市計画コースで、都市解析や都市住宅論などを教えています。策定された都市計画を客観的に分析して、土地活用の観点からより効率が良い他の計画が存在しないか、住民にリスクを与える可能性がないかといった都市計画に関する後方支援的な研究がメインです。

地域科学とは、どのような学問ですか。

 地域社会が抱える課題を、経済学的または社会学的な視点と手法で分析して解決を目指す分野です。たとえば近年は、空き家の増加が社会問題になりました。これは「更地よりも住宅地のほうが固定資産税の税額が少ない」という理由から、土地の所有者が居住する見込みのない家屋を解体せず、何十年も放置し続けてきたためです。今年の5月25日から自治体が特定空家に指定した廃屋は撤去や修繕を命令・勧告できるようになり、固定資産税の優遇措置も受けられなくなったため、制度上の歪みは是正されました。しかし特定空家に指定されない空き家対策は、まだ十分とはいえません。
 ただし空き家があること自体は、決して悪いことではありません。転勤などの理由で引っ越しをするときや、結婚して新しい世帯を形成するときに、いきなり新築のマイホームを建てるわけにはいきません。どの町や村にも、一定量の空き家は必要なのです。
 一方で、老朽化した建物が住宅地に荒廃した風景を生み出す、犯罪者の隠れ家として使われるなどのリスクがあります。また、上下水道や道路、街灯などが整備されているにもかかわらず活用されないことから、公共サービスの効率性を損なうという経済面へのマイナス影響も発生します。そのため自治体や周辺地域のコミュニティが所有者に代わって空き家の管理をするシステムや、まちおこしと併せた空き家の活用方法などについて、行政に対して提言を行っています。

この研究助成を申請したときの所属は空間情報科学研究センターですが、先生が現在所属する都市工学科とは、どのような違いがあるのですか。

 都市工学の目的は、都市問題や環境問題に対して全容を把握し、解決に有用な工学的技術や実践的方策を編み出すことです。私が教えている都市計画コースでは、都市や地域に赴いて現地調査をしたり、住民と一緒にまちおこしを試みたり、都市基本計画の立案を行なう方法論を研究します。また、地球規模の環境問題や生態系の保存といった理系分野からのアプローチを行う都市環境工学コースもあります。
 空間情報は位置情報と属性情報が両方含まれている「場所」を明示したデータのことです。空間情報科学研究センターでは、そうした情報をどう処理するべきか、どう分析するべきかを研究しています。

位置情報や属性情報など、個人情報の扱いに関しては最近規制が厳しくなっています。

 個人情報を守ることは重要なことです。しかし研究者や分析者は、さまざまな空間情報を扱う必要があります。そこで「データ内の個人情報に触れずに、目的とする分析を行う方法」を構築するため、今回の研究に取り組みました。

具体的にはどのような研究をされたのですか。

 個人の特定化を回避するために一番簡単な方法は、情報を曖昧にすることです。たとえば私個人の情報を「東京に住んでいる男性」にすると、所在都道府県名と性別しか分からなくなります。しかしそこまで曖昧な情報は扱いにくく、分析の解像度も悪くなります。私が何歳で、何区に住んでいて、どの大学に所属しているか等の情報が明らかになることで、はじめて分析可能になる研究や調査がたくさんあるはずです。
 そのため「目的とする分析は可能だが、個人の特定化が困難である疑似データを作る方法」と「センシティブな情報だけを隠す方法」という2つのテーマに取り組みました。情報を安全に伝達するためには1つのシステムを構築するだけではなく、複数のアプローチを開発する必要があると思ったからです。

共同研究者の先生方が異分野を専門とされているのは、多様な角度からテーマを追究していくためなのですね。

 はい。今回の研究に参加してくださったのは、暗号理論の研究をされている岩村惠市先生、無線センサネットワークやアドホックネットワーク(無線接続が可能な多数の端末でネットワークを作るマルチホップ通信)構築の課題解決に取り組んでおられる瀬崎薫先生、統計学者の丸山祐造先生、居住者の主観的評価や心理的評価などの側面から住環境の分析を行っている刀根令子先生です 。