黒田玲子・財団評議員(東京理科大学教授)ロレアル−ユネスコ女性科学賞受賞記念インタビュー 「自然界に広く現れる左右性現象への分子構造の左右性の関与を解明、神経変性疾患を含む幅広い応用研究への貢献」


これからの研究の方向性についてお教えください。

  巻貝の体の右、左というのは、8細胞期の上下4細胞の位置関係、つまり、どれとどれが接しているかで決まるということが明らかになりました。そのとき、細胞間に化学的な信号物質が出されているのか、それを決めているのは何か、巻き型決定遺伝子は何か等、まだまだ突き詰めていきたいです。やらねばいけないことは山ほどあります。10年以上は必要ですね。

およばずながら、先生のご研究を応援していけたらと思っております。ところで、世の中の役に立つ科学者、研究者になるためには、どうすればいいと思われますか。

  自分の専門を究めていくことは大切ですが“社会のなかの科学”という位置づけを意識することが大切です。科学は社会から独立している存在ではありません。クローン技術を使ってヒトを複製することは許されませんし、化学的に合成した物質を垂れ流しにすれば、環境問題に発展します。私は東京大学大学院に副専攻「科学技術インタープリター養成プログラム」をつくり、定年になった今も講義を持ち、1週間に一度、3時間ほどかけて、これらの問題を大学院生と徹底討論しています。

また、原子力発電所、風力発電所、遺伝子組み換え圃場、種子島のロケット打ち上げ現場、スーパーコンピュータ京、スプリング8など、国家規模の莫大な予算を使って最先端の科学技術が推進されている現場に、学生を連れていき、担当者から話を聞き、その場でディスカッションもさせています。

遠く離れた現場を訪れ、学生に討論をさせる理由は。

  東大の学生は、将来、国を背負うリーダーになるかもしれない人材ですし、社会の中の科学という考え方をしっかり身につけてほしいからです。人からの受け売りで話さず、実際に、見て、感じ、自分なりに考えた上で、発言する人間になってもらいたいと願っています。

また、相手の立場をおもんぱかり考えられる、社会的に許されないことをしない、そういう教養と倫理観を備えた科学者にならなければなりません。ソーシャルリテラシーをもったサイエンティスト、サイエンスリテラシーをもった一般市民、そして社会と科学の架け橋となるインタープリターの養成、これらの必要性をもう随分前から提唱しています。

とくに、女性科学者を目指される皆様にアドバイスをお願いします。

  以前には、女性であるというデメリットはたくさんありました。しかし、現在ではアファーマティブアクションとして、国も積極的に女性研究者の採用を援助してくれています。ただ、現実問題として、子どもを産んで1―3年間、産休で研究室を離れると現場復帰はなかなか大変ですね。それよりも、スカイプなどを使用し、自宅に居ながら実験データを見て仲間と討論できる環境、週に一度くらいは研究室に顔をだすことのできる環境が整備されれば、成果を出していけると思います。

また、女性に限ったことではありませんが、同じ作業でもイキイキと喜んですることが大切だと思います。研究途上では、つまらないと思えるような実験を繰り返しやらなくてはいけないこともありますし、うまくいかないことの連続ですが、それでも楽しんでやっていないと、ヒラメキが得られません。「ひらめきはイキイキとした心に宿る」のです──このような内容のことを中公新書『科学を育む』に書きましたが、中高の入試問題にも使用されているので、ひょっとして聞いたことがある人もいるかもしれません。

セコム科学技術振興財団について、ご意見ご要望などをお聞かせください。

  セコム科学技術振興財団の研究助成は、安全と安心というテーマに特化しており、助成額も大きく、申請する側には、その分真剣さが求められます。また、審査する側も忙しい合間をぬって、申請された研究がどのようなものか、一生懸命調べて理解せねばなりませんし、メンター制度をとっていますので、ときにはサイトビジット(現地訪問)したりと大変なのです。

ただ、審査委員の先生方は皆仲がいいので、審査会のあとにみんなで食事をしながら歓談するのは、楽しいです。


お忙しいなか、ありがとうございました。