福島県立医科大学教授 結城美智子先生インタビュー「在宅がん患者の化学療法に伴う抗がん剤人的環境曝露防止のための地域安全システムの構築」(第2回)

患者の尿に含まれる薬剤の量が時間とともに減っていくのに対して、家族の尿に含まれる薬剤の量は一定に保たれていたり、一度減った後に再び上昇したりしていますが……。

 患者の自宅に抗がん剤の残留物があるため、家族は継続的に曝露していると考えられます。拭き取り調査では、患者1および患者2の自宅のトイレの便座(0.57~7.34ng/㎠)、床(0.03~0.19ng/㎠)、ドアノブ(0.09~0.18ng/㎠)、および患者1の洗面所の蛇口(3.02ng/㎠)などからシクロフォスファミドが検出されました。トイレ内の汚染は薬剤が含まれた尿や便の飛散によるもの、洗面所の蛇口は排泄処理を行った患者の手を介して汚染が広がったと推測しています。
  注目すべきは、これらの数値が病院内の汚染状況の調査(Study A)と比べて高いことです。つまり病院よりも患者の自宅のほうが、汚染の程度が高いということになります。

職業性抗がん剤曝露の影響に関する研究では、フィンランドで、看護師が妊娠した際の自然流産や先天性奇形との関連性が認められていますが……。

 継続的に二次的内部曝露を受けることで、患者の家族に医療従事者と同じ健康被害が発生するかどうかは、まだ分かっていません。共同研究者のDr.Sessinkは、今回の調査結果とこれまでの彼自身の研究結果も踏まえ、おそらく発がん性の心配はないだろうとの見解をもっています。
  しかし現時点において重要なことは、実際に健康被害が出るのを待って調査することではなく、できるかぎり曝露を防ぐことです。正しい知識と技術に基づいた対策を行えば、過度に恐がる必要はありません。
  まずは家族が在宅の抗がん剤汚染について正しい認識を持ち、トイレ環境等の清掃や抗がん剤の残留物が付着した物への適切な対処を行うための教育・指導が必要です。さらに言えばこのような曝露対策は家族だけでなく、ホームヘルパーやケアマネージャーなど、在宅ケアに関わる全ての人が徹底して行わなければなりません。

患者・家族・医療従事者・ケアワーカーがひとつのチームになって、同じ対策をしていく必要があるのですね。

 はい。これは感染症の対策と同じです。在宅の患者は一人ひとりが隔離されているため、各々の家でしっかりと防護すれば、感染が広がることはありません。逆に一人でも対策を怠ればその人が感染源となり、訪問先の患者さんを次々と感染させてしまいます。
  現在、患者と家族に対して抗がん剤曝露予防の指導・教育を積極的に行っているのは、一部の病院に止まっています。しかし今後は適切な曝露予防の教育、および曝露対策の方法を構築するためにも、地域の病院や診療所の医師・看護師を中心に、がん化学療法に関わる医療従事者が共通の認識を持たなくてはなりません。そして情報を積極的に発信し、在宅ケアに携わるあらゆる人々と協働しながら進めていくべきだと考えています。

病院で行っている曝露対策をそのまま在宅で行うのは、やはり難しいのでしょうか。

 病院では拭き取り掃除をするとき、使い捨てのマスク・ゴーグル・キャップ・手袋・エプロンを着用して行いますが、在宅ではそこまでできません。そのため簡単かつ安全に抗がん剤の残留物を除去できる方法を見つけ出し、企業に提案して製品化させ、実際に使用したときの効果を調べていくという研究も進めていきたいと考えています。

確かに、医療や福祉が『在宅中心』へとシフトしていく中で、今までなかった新しい製品が求められるようになりそうです。それでは最後に、財団へのメッセージをお願いします。

 医療分野では「新たな治療法を見つける」という華やかな研究がたくさんある中、このようなネガティブなデータを集める地味な研究にご助成いただいたこと、心よりお礼申し上げます。国際的なレベルで信頼できるデータを集めるためには、検体を海外の検査機関に空輸して分析を依頼するなど、とにかく手間と費用をかける必要がありました。自由度が高いセコム科学技術財団のご支援がなければ、研究をここまで進めることができなかったと思います。
  セコムグループはセキュリティだけでなく、医療システム分野にも事業を広げておられます。運営されている訪問看護ステーションや全国の提携医療機関で今回の研究成果を取り入れていただき、福祉や医療の現場において抗がん剤曝露対策がより充実したものになれば、とても嬉しく思います。

日本の医療・福祉分野に携わる専門職や患者、家族の安全のため、これからも結城先生のご活躍に期待します。
2回にわたる長時間のインタビューにお答えいただき、ありがとうございました。