京都大学 教授 戸口田淳也先生インタビュー「疾患特異的iPS細胞による成長軟骨版異常(新生児発症多臓器炎症性疾患)の解明」(第3回)


慢性炎症の原因が、変異したNLRP3なのですね。

 慢性炎症の原因、つまり『主犯』は変異NLRP3です。しかし炎症を起こしている『実行犯』は別にいます。それがインターロイキン-1βです。変異NLPR3によってインターロイキン-1βが過剰産生され、炎症反応を引き起こしていたのです。
 実はインターロイキン-1βの阻害剤はすでに作られており、慢性炎症に対しては抗インターロイキン-1β療法が有効であるという結果が出ています。しかし、その他の症状、関節の変形に関しては効果が見られませんでした。

関節変形を引き起こす別の犯人が存在しているということでしょうか。

 『主犯』は同じですが、『実行犯』が違うということです。
 レントゲンやMRI、臨床の経過などから、CINCA症候群の患者さんは成長軟骨が異常に増殖していることがわかりました。成長軟骨は骨の両端にあり、骨の長さをコントロールしています。たとえば大腿骨や頸骨などの細長い骨は、成長とともに縦方向にどんどん伸びていきます。子どもの手足が長くなり、身長が伸びるのは、この成長軟骨の働きによるものです。
 しかしCINCA症候群の患者さんは、この成長軟骨が異常な増え方をします。そのため骨や軟骨が縦方向ではなく、無秩序にさまざまな方向に増えていくので、関節部分に丸い塊のようなものができてしまうのです。

関節に水がたまっているかのような形に見えます。

 この部分をレントゲンで見ると、水ではなく、骨が横方向に膨らみ、変な形になっていることがわかります。
 その理由を調べるため、患者さん由来のiPS細胞を成長軟骨へと分化誘導させました。すると、正常なiPS細胞から作った成長軟骨と比べて、直径も重さも数倍の大きさになりました。

 次に、その細胞を動物に移植して経過を観察しました。正常なiPS細胞から作った成長軟骨は、動物の体内で骨と軟骨が正しく作られました。一方、患者さん由来のiPS細胞から作った成長軟骨は、異常な骨の塊を作ってしまいました。その塊の中を調べてみると、分化が進んでいる細胞と、ほとんど分化していない細胞が混在し、無秩序な状態になっていました。

CINCA症候群の患者さんの身体で起こっていることを、ペトリ皿と動物の身体の中で再現するというのは、本当にすごい技術だと思います。ところで、正常な軟骨細胞はどのような構造になっているのですか。

 まず、骨と軟骨がしっかりと分かれています。そして成長軟骨板には、増殖軟骨細胞層、肥大軟骨細胞層、石灰化軟骨細胞層など複数の層があり、細胞が正しい順序で分化すると骨が形成されて、縦方向に伸びていくという仕組みです。CINCA症候群の患者さんの成長軟骨版はこの層が崩れているため、細胞が無秩序に増えてしまうのです。
 次に、成長軟骨の無秩序な増殖が起こる原因を調べました。さまざまな実験と検討の結果、CINCA症候群の患者さんは軟骨を作る指令を出すマスター遺伝子SOX9の働きが強くなっていること、さらに変異NLRP3によって活性化されたp-CREBが、SOX9の働きを強めていることを発見しました。

活性化したp-CREBを減らすか無くしてしまえば、骨の塊ができなくなる、ということですか。

 成長軟骨の無秩序な増殖を抑えるためには、SOX9の働きを正常に戻す必要があります。しかし私は直接p-CREBにアプローチするのではなく、SOX9の発現を誘導するシグナル伝達経路(cAMP/PKA/CREB経路)に着目し、p-CREBの上位にある因子について調査しました。
 すると、cAMPよりも下のパスがp-CREBに影響を与えていることが分かり、cAMPを減らす、または無くすための研究を開始しました。