京都大学 教授 戸口田淳也先生インタビュー「疾患特異的iPS細胞による成長軟骨板異常(新生児発症多臓器炎症性疾患)の解明」(第3回)

 昨年は9月にiPS細胞から作られた網膜色素上皮シートを加齢黄斑変性の患者に移植する第一例目の手術が実施され、12月にはFOP(進行性骨化性線維異形成症)の患者である山本育海さん(17)と13名の高校生が、地域や学校のイベントで集めた50万2654円をiPS細胞研究所に寄付したというニュースが流れました。iPS細胞に対する社会の関心が、いま高まっています。今回は再びiPS細胞研究所副所長の戸口田淳也先生に、iPS細胞を用いた難病研究の最新情報についてお話しをお伺いしました。

「助成研究者個人ページへ」

1981年京都大学医学部卒業。京都大学大学院医学研究科にて骨軟部腫瘍の分子遺伝学的研究、米国ハーバード大学にて癌抑制遺伝子の研究に従事。医学博士を取得。1995年に京都大学生体医療工学研究センター(後の再生医科学研究所)の助教授となり、同時に京都大学医学部附属病院整形外科において非常勤講師として骨軟部腫瘍の診断治療を担当。1998年より間葉系幹細胞に関する研究に取り組み、2007年から骨壊死病態に対する臨床試験を開始。京都大学物質・細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター・副センター長を経て、2010年に京都大学iPS細胞研究所・副所長に就任。増殖分化機構研究部門の部門長として、難治性筋骨格系の疾患特異的iPS細胞の樹立および間葉系幹細胞の分化誘導法の開発を担当している。

研究室URL:http://www.frontier.kyoto-u.ac.jp/ca02/index-j.html


iPS細胞研究所で行われているパーキンソン病や筋ジストロフィー、ALSなどの研究のほか、理化学研究所の高橋先生による加齢黄斑変性の研究、つい先日ニュースになった大阪大学の澤教授たちによる心筋細胞シートの製作など、さまざまな病気の研究にiPS細胞が使われています。

 iPS細胞は、どのような病気の研究にも適しているというわけではありません。iPS細胞を使わなくても治療法が分かる病気や、iPS細胞が研究の役に立たない病気もあります。

どのような病気が、iPS細胞研究に適しているのでしょうか。先生が取り組んでおられるCINCA症候群とOllier病は「成長軟骨の異常増殖」と「体細胞モザイク」という2つの共通点がありましたね。

 CINCA症候群(新生児発症多臓器炎症性疾患)は皮疹・中枢神経系病変・関節病変を特徴とする自己炎症性症候群であり、Ollier病(多発性内軟骨腫症)は良性の軟骨形成性腫瘍が多発する病気です。現時点で確かな接点は見つかっていないので、別々に研究を進めています。また、傷ついた筋肉や腱などが再生する際に骨化してしまうFOP(進行性骨化性線維異形成症)という病気もあり、治療薬の研究を進めているところです。

CINCA症候群、Ollire病、FOPはいずれも子どもの病気で、患部が軟骨や骨にあるため、研究に必要な組織を採取できないことが大きな課題でした。

 そうです。たとえば肝臓の病気を研究する場合は、患者さんの肝臓から組織の一部を採取して、細胞を調べます。肝臓の組織は再生するので、一部であれば採取しても問題ありません。しかし子どもの成長軟骨や骨から組織を採ると、変形が進んでしまう可能性があります。そのため、これまでは患者さんの組織を研究に使うことがほとんどできませんでした。
 しかしiPS細胞の製作技術が樹立されたことで、患者さんの皮膚等からあらゆる組織を作れるようになり、多くのデータを集められるようになりました。

大きな課題が改善されたことで、難病研究の進展が期待されます。体細胞モザイクについて、もう一度教えていただけますか。

 精子・卵子ともに遺伝子に傷がなく、受精卵が正常であっても、ごく稀に発生の途中で突然変異が起こることがあります。たとえば1個の受精卵が2個になり、2個から4個に分裂するとき、そのうちの1つに突然変異が起こると、理論的には身体の全細胞の4分の1に変異があり、残り4分の3は正常ということになります。CINCA症候群では、約4分の1の方が原因遺伝子の体細胞モザイクであるとされています。

2種類の細胞から身体が作られているということは、その患者さんから作製されるiPS細胞も2種類あるということですね。そのメリットについて教えてください。

 たとえば、私の組織から作ったiPS細胞と、Aさんの組織から作ったiPS細胞と、CINCA症候群の患者さんから作ったiPS細胞を、同じ方法で軟骨に分化誘導したとします。すると、どうなると思いますか。

患者さん由来のiPS細胞が、最も早く軟骨になるのではないかと……。

 その通りです。しかし、Aさん由来のiPS細胞と私のiPS細胞でも、分化の速度に差が生じてしまいます。私とAさんでは、遺伝子が大きく異なるからです。
 そのため、患者さん由来のiPS細胞が、正常のiPS細胞と比べてどれほど軟骨になりやすいのか、比較用の細胞にばらつきがあると、かなり多くのデータを集めなければ、結論を出すことができません。
 しかし体細胞モザイクの患者さんから2種類のiPS細胞を作れば、その違いはたった一つの遺伝子情報のみです。つまり実験を行って何らかの差が生じたとき、その原因は変異した遺伝子であると分かるので、スムーズに研究を進めることができるのです。

なるほど。それではCINCA症候群について、詳しく教えていただけますか。

 CINCA症候群の患者さんにみられる症状は複数ありますが、その中でも多いのが『炎症』です。炎症はふつう、外部からの刺激によって起こります。たとえば、かぜウイルスが鼻や口から侵入して上気道の炎症が起こると「風邪を引いた」症状がでます。しかしCINCA症候群の患者さんの身体は、そうした外部からの刺激がなくても炎症が起こってしまいます。子どものころからずっと、慢性的に炎症を繰り返しているのです。この症状については、DNAマーカーを使用した家系解析から、炎症に関係するタンパク質の一つであるNLRP3遺伝子に変異が生じていることが発見されています 。