立命館大学理工学部電気電子工学科 教授 瀧口浩一先生インタビュー「光信号の符号化・暗号化/復号化技術と高セキュリティ・低消費電力な光通信の実現」(第1回)

 光通信の導入によって、ビジネスはもちろん、家庭用のインターネットを含む『通信』の高速化が進み、かつては送受信に時間がかかった画像や動画などのデータを、わずか数秒でやりとりできるようになりました。
 その一方で、私たちは『光通信』を実現している仕組みや、盗聴などのリスクについて、ほとんど知りません。
 そこで今回、立命館大学理工学部電気電子工学科の瀧口浩一先生にお話しを伺い、光通信の仕組みやセキュリティが現在どのようになっているのか、教えていただきました。

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1987年 東京大学工学部電子工学科卒業。1992年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了(工学博士)。その後、日本電信電話株式会社(NTT)研究所に20年間在籍し、その間、1998~99年にはカリフォルニア大学サンタバーバラ校工学部電子情報工学科に1年間、客員研究員として在籍。2006年から2009年まで東京工芸大学工学部システム電子情報学科の非常勤講師を勤めた。2012年4月より立命館大学理工学部電気電子工学科の教授に就任、現在に至る。
http://research-db.ritsumei.ac.jp/Profiles/96/0009524/profile.html

まずは、先生が光通信を専門分野に選んだ理由についてお聞かせください。

 私が東京大学工学部に進学したころ、ちょうど光通信の研究開発が盛んになり始めました。ある日、日本における光通信の第一人者のひとりであり、当時東北大学の教授だった西澤潤一先生が、光通信の説明をされている新聞記事を見つけました。そこに青・赤・緑のキレイな光がファイバの中を通っている写真が掲載されていて、「光通信って、こんなにキレイな光を使って通信するのか」と色彩の美しさに感動して興味を持ったのがキッカケです。実際にはほとんどの場合、目に見えない赤外光を使用するのですが、当時はまだ何も知識がありませんでした。この写真によって光通信への憧れが一気に増しました。
 

学生時代は、どのようなご研究をされていたのですか。

 学部の卒業研究では、半導体レーザの研究を行いました。半導体レーザにはさまざまな種類があるのですが、その中でも安定した波長特性を持つ光通信・光計測用の、分布帰還型の半導体レーザです。
 大学院では光通信から光センシングの研究へと移りました。ジャイロスコープという、物体の回転角速度を検出するセンサです。
 簡単に説明しますと、光ファイバをループ状にして両端から光を通すと、このループを搭載した物体が静止しているときは、右回り・左回りともに光は同じ時間でループを一周します。しかし回転しているときは、右回りと左回りで光の進む距離が僅かに異なり、位相差が発生します。この現象を応用すると、物体の回転角速度を測定することができ、ナビゲーションや姿勢制御などに用いることができます。
 身近な例を挙げると、飛行機ですね。いま日本国内を飛んでいるすべての飛行機に、この光ジャイロが搭載されています。大学院の修士課程と博士課程の5年間は、主にこの光ジャイロの研究を行っていました。
 その後NTTの研究所に就職して、光通信の研究に再び携わることになりました。

NTTの研究所には、20年在籍されていますね。どのようなご研究をなさっていたのですか。

 波長分散の影響を改善させる光集積回路や、光通信での波長信号を分離する光フィルタなどです。
 波長分散は、簡単に言うとパルスの劣化を引き起こします。光通信に用いるパルスは単一の波長ではなく、異なる波長成分を含んでいます。光パルスは光ファイバ内で進む速度が波長によって異なるため、光ファイバ内を通っている間に、徐々に波長毎に遅延差が生じてしまうのです。速度が少しずつ違う車が同時にスタートしたとき、はじめのうちはほぼ横一列になって走っていても、走行距離が長くなるにつれて、どんどん間隔が広がってしまいますよね。それと同じです。
 これを波長分散といいます。私が最初に取り組んだのは、波長分散の影響を受けて劣化してしまったパルスを元に戻すデバイスの研究です。

光通信のインターネットが普及してから、画像や動画といった大容量データであっても、安定した速度で送受信ができるようになりました。それは、パルスがファイバの中で劣化するたびにデバイスで元の速度に戻しているから通信速度が保たれている、ということでしょうか。

 一般の人々が使っている家庭用の加入者系ファイバ通信は、波長分散はほとんど起こらない長さ(距離)とビットレートに設定されています。波長分散の影響を受けるのは、大都市間を結んでいるような基幹系、あるいは国を結ぶ海底の大容量伝送ですね。

「ビットレート」は、1秒間に送受信できるデータの量ですよね。家庭用の光通信でも、この値が年々大きくなっていますが……。

 光通信の技術が進歩しているためです。
 基幹系で大容量の信号を伝送する光通信技術のひとつに「光波長多重通信」があります。これは、複数の光信号に異なる波長を割り当て、それを束ねて、1本の光ファイバで信号を送受信する通信方法です。ただし隣接する波長が重ならないよう、波長同士の間隔を広くとらなければいけません。すると、周波数の利用効率が落ちてしまいます。
 この課題を解決するため、波長同士が重なっても通信可能な「直交周波数分割多重(OFDM)」が提案されています。これが実現するとさらに大容量データの送受信が可能になりますが、受信時には重なった波長を波長毎に分離する「フーリエ変換」処理が必要です。
 光通信で直交周波数分割多重方式を行う場合、フーリエ変換も光の領域で処理しなければ大容量化は実現できません。私がNTT研究所で最後のころに研究していたのは、その光フィルタです。この研究は大学に来てからも続けています。
 その他にも、石英光集積回路の研究などを行っていました。

光通信で「送受信できる容量を増やす」ための研究をされていたのですね。セキュリティ分野にご興味を持たれた理由は、何でしょう。

 NTTで研究をしていたころ、光通信では「信号は盗聴されたことがない」と聞いていました。しかし大学に来て、さまざまな技術が日々進歩していることを改めて認識し「光ファイバ中の情報も盗み取られる可能性があるのではないか」と考えるようになったのです。
 より多くの情報を安定して送信するための信号を作ったり、それを分離したりする技術は大事ですが、それと同時に、今後はハード面からしっかりとセキュリティを強化していく必要があると思い、研究を始めたのです。