国立情報学研究所情報社会相関研究系研究主幹・教授 曽根原登先生インタビュー「ユビキタス情報社会における高度サービスとプライバシーの両立を実現する新たな匿名化手法と漏えい防止手法の確立」
(第2回)

なるほど、学生たちが扱ったようなアプリであれば地域の方々も取り組みやすそうです。

  技術的に簡単にというのはそういう理由もあるのです。ソフトウエア的には、そういうことでいいのですが、もう一つ大きな足かせとなるのが個人情報保護法の壁です。現在、法令準拠コストというものが大変高くなっている。でも、地域の人だって、みんながそれを守らなくてはいけない。そこで、私は、法令を変えるというのは難しいから、楽しいサービスを提供することで、一般市民の方がこれならできるというふうに感じてくれたらいいなと思っているわけです。

市民の皆さんから自発的に情報提供してもらうためには、信頼できるセキュリティの構築が不可欠だと考えられます。先生はセコム科学技術振興財団の助成研究の一部として情報漏洩を防ぐ手段についても取り組んでいらっしゃいますね。

  匿名化技術とフィンガープリント技術という二つの方法を考えています。
  まず匿名化技術について、例をあげて説明します。ここに「1951年生まれ」というデータがあるとします。これを「1950年代生まれ」とすると、対象者が格段に増え、このデータの主を特定することが難しくなります。さらに「1900年代生まれ」とすると、どうでしょう。個人識別性はどんどん下がっていきます。匿名化技術というのは、特定されたくないという情報の一つ上の概念で表示を止めてしまうというふうに考えてもらえばいいでしょう。

フィンガープリント技術について教えてください。

  日常生活のシーンを例にあげて説明しましょう。例えば、A氏が5月26日にBホテルに宿泊したとします。通常ホテルでは、チェックインの際に自分の住所を書きますね。この時、住所の後ろに宿泊した日の日付を入れておくのです。「東京都◎◎区×町△丁目1-1」の後に 「0526」といった具合に日付を示す数字を入れたとしましょう。ところで後日、A氏に住所の後に0526という数字が入ったダイレクトメールが送られてきたとします。すると、A氏の住所を漏洩したのはBホテルだということが特定できるというわけです。フィンガープリント、いわば指紋をつけておくという意味ですが、その指紋によってどこの誰が情報を漏洩したかということが分かるのです。

なるほど、そのように例えていただくとわかりやすいです。ところで、例えば、イギリスなどでは監視社会化が進んでいます。私たち一般市民の側は、監視社会になればなるほど、自分たちの身の安全もある程度担保されます。しかし、そういった部分があまりクローズアップされずに、逆にいつも見張られているといったネガティブな反応になりがちです。

  日本人は、安全が当たり前という意識が強すぎるのかもしれません。
  私自身、この研究を推し進める上で、非常に苦労しているのは、技術的な問題ではなく社会的なコンセンサスを得ることなのです。そこで、私自身の最大の発見は(私は発見だと思っているのですが)個人情報の開示を政府や行政ではなく、自分自身が決めるということです。セキュリティの問題は、個人ごとの判断基準が異なります。つまりどのように決めても反対意見は出る。ですから、一人ひとりが自分で決めることができる「条件付オプトイン」という方法を採用するべきだと思うのです。

情報の利用と提供、この二つの適切なバランスについて、市民一人ひとりが行政任せにせず、主体的に考える必要があるということですね。最後に、今後の研究の方向性についてもお聞かせいただけますでしょうか?

  もちろん先ほど申し上げたような研究は実証しないといけません。実用化あるいは商用化することで社会に着地するような研究たるべきだと考えています。
  おかげさまでセコム科学技術研究財団の支援を受けて行った研究を元に「時間軸および空間軸におけるプライバシー情報保護活用基盤」という研究計画にまとめ、日本学術会議の学術大型マスタープランに申請したところ、採択されました。残念ながら予算はつかなかったのですが、この研究が学術大型研究のマスタープランに採択された意義というのは、非常に大きく、今後、様々な申請を行う上で役立つと思います。これもセコム科学技術研究財団のご支援があってこその成果であり、ありがたく思っています。

高度化する情報化社会において、曽根原先生が取り組まれている研究の重要性が理解できました。今後の研究の進展をお祈りしております。長時間にわたるインタビューにご協力いただきありがとうございました。