国立情報学研究所情報社会相関研究系研究主幹・教授 曽根原登先生インタビュー「ユビキタス情報社会における高度サービスとプライバシーの両立を実現する新たな匿名化手法と漏えい防止手法の確立」
(第2回)

 世界の先進国がサイバー空間に溢れるビッグデータを積極的に政策決定や市場経済に利用しようとしている中、日本では、個人情報保護法が足かせとなり、情報活用に関する議論が進まない状況となっています。一方、情報活用に関して、一般市民にとっては、プライバシーは守りたいが、よりよいサービスは受けたいという相反する心理状態が働いていると考えられます。「法の壁」と「一般市民の心理的な壁」という二つのハードルをどうクリアすればいいのか、曽根原先生は、俯瞰的かつ複眼的な視点からこの問題の解決に取り組もうと研究を進めていらっしゃいます。インタビュー第2回では、実に多彩なアイデアや研究について具体的な例を挙げながら説明して下さいました。

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1978年、信州大学大学院修了。同年、日本電信電話公社(現、NTT) 入社。以後、ファクシミリの研究実用化、神経回路網システム、手書き文字認識システム、気象予測システムの研究実用化、コンテンツID標準、コンテンツ流通システム等の研究実用化に従事。1988年~1992年、国際電気通信基礎研究所(ATR) 視聴覚研究所出向。2004年より、国立情報学研究所 情報流通基盤研究部門 教授。情報流通システム、認証システムの研究開発に従事。国立大学法人 総合研究大学院大学 複合科学研究科 情報学専攻 教授兼務。2006年~現在 国立情報学研究所 情報社会相関研究系 研究主幹・教授。2012年~2014年、総合研究大学院大学 複合科学研究科 研究科長、1999年~2003年、東京工業大学連携講座 客員教授。工学博士、 電子通信学会、映像情報メディア学会、画像電子学会など会員。


いま、原発の再稼働がニュースになっています。再稼働のための新基準は、2万年に一度の事態にも想定し、そのためのマニュアルも整備したとしていますが、ここで問題がひとつでてきます。もし二万年に一度の災害が実際に発生したとして、そのときにマニュアルをゆっくり読んでいられるとは思えませんし、そのマニュアルは1冊2000ページほどもあるということです…

  それと同様に、残念に思ったのは、前回のインタビュー時にもすこしふれた、とある通信会社の災害用伝言板で「私は生きています」と、写真入りで投稿できるシステムのことです。このシステムを利用しようと思うと、まず最初に長々とした利用契約文書に同意しないといけないことになっている。日常であれば当たり前の事なのかもしれませんが、一刻をあらそうときに、長々とした文章は読んでいられません。

東日本大震災では、個人情報保護法が足かせとなり、災害時に必要となる個人情報や属性情報の利用が難しく、迅速な避難や救助活動に繋がらなかったとも言われています。

  そうですね。同法は、災害直後の個人情報の収集や活用の阻害要因になったとも言われています。世間の個人情報保護に対する意識は、高まりつつありますが、その反面、データ収集や管理、利用への協力をあおぐことが難しくなっています。国勢調査という国の政策決定に関わる調査ですら個人情報という名の壁にはばまれデータを得るのが難しくなっているという状況です。
  もちろん、今の個人情報保護法でも、生命身体に危険がおよぶ場合については、個人情報などの収集活用を認めてはいます。ですが、いざ災害が起こったとして、それが生命身体に危険がおよぶという判断をどこの誰がするのかとか、自治体が機能不全に陥ったらどうするのかといった細かい仕組みが整っていない。要するに実効的な運用ができていないんです。

災害時におけるスピーディな判断のためにも様々な情報が必要になるのですね。ところで実際、自分の個人情報を収集されるとなると抵抗を感じる市民の方も多いのではないでしょうか?

  情報が公開されるのは嫌だと言いながら、フェイスブックなどで今日は何を食べただとか誰と会ったなどと、知らせている人が数多くいます。今、私達日本人の行動を一番良く知っているのは、もしかしたらグーグルとフェイスブックなんじゃないでしょうか(笑)。こうした個人に関する膨大なデジタルデータは「ライフログ」と呼ばれているのですが、これらの情報は日本でもインターネット上に蓄積されつづけています。今後は、ビッグデータ市場をアメリカに独占されないために、日本でもライフログなどの情報を利活用する必要があると考えています。
  そこで、私が提案しているのが、前回のインタビューでも述べた「IDデータコモンズ」という考え方です。氏名や年齢・性別・住所といった個人情報を全て明らかにしてしまうことは、当然、様々なリスクを伴います。ですから、開示や利用をしてもよいという情報は、市民自らが決定し、それぞれの情報にライセンスをつけておくという方法なんです。

そういう、新しいシステムを一般の方々にも広く普及させるためには、誰もが使えて、わかりやすいということもポイントになるんですね。

  そこで、もう一つ提案しているのが、平常時には、スマートホンや携帯端末を観光ナビや買い物ナビ、あるいはSNSなどとして利用し、緊急時には防災・減災システムに自動的に変換されるシステムです。
  どういうシステムが一番いいかというのは、現在研究中なのですが、例えば、観光ナビと避難ナビは同じような情報を元にすればいいだろうという考えはあります。じつは、私は、東日本大震災の翌日に、品川にいたのですが、人の流れが滞って、あわや一触即発という雰囲気でした。みんなイライラして一歩間違えば暴動が起こりそうな状態だったのです。こうした状況には、オンライン人口統計と安否確認情報があれば、避難誘導、救助など防災プランとして活用できると思います。
  災害は場所と時間を選ばず発生しますが、例えば平日の午後3時に大規模災害が起こったら、新宿には何人くらいの人がいると思いますか。約380万人もいるんです。このデータは携帯の位置登録情報を元に算出したのですが、これなどもオンラインで今、どこに何名いるかということがわかるので、災害時にはたいへん有効なのです。ところが、今現在、日本では、ある企業間での情報受け渡し問題が発端となり、様々な情報を政策決定に使っていこうという話がストップしている状況です。情報利用一つにしても反対が多くて社会的コンセンサスを得るのが難しくなってしまっています。

先ほども先生からご指摘があったように、個人情報を守ることに関しては慎重になっている反面、プライベートでは、FacebookやSNSを楽しむ人は増えていますね。

  先ほど、災害時には、普段から使い慣れているシステムでないと非常時に役立たないと言いましたが、では普段から使ってもらうためにはどうあるべきか?
  面白くないと人は使ってくれないし、個人情報も提供しようとは思ってくれないでしょう。つまり行政であれこれ議論する前に面白ければ人は使うんだということですよね。
  例えば、私たち人間・社会データプロジェクトで作ったスマートホンのアプリなんですが、奥さんや友だちに週何回メールしたかというソーシャルグラフが表示できるものがあります。メールを送らないことが続くと「たまにはメールを送らないと人間関係が壊れますよ」とアラートを出してくれる。いいのか悪いのか分らないけど、こういう面白いサービスを利用して、個人の氏名や性別、年齢、ボランティア経験の有無など情報を積み上げておいて、そこに観光とカーナビだとか、お薬手帳などを結びつけると、普段から使える仕組みが整うと思います。急にボランティアの経験者を探すことなんて難しいですよね。ですが、あらかじめ経験者を登録しておけば、非常時における被災地への支援がスムーズに行えるほか、日常の中で介護ボランティアとして活躍してもらうなど役立てることもできます。