東京医科歯科大学難治疾患研究所 病態細胞生物学分野 教授  清水重臣先生インタビュー「オートファジー機構を応用したスマート・エイジング対策法の開発」(第1回)


よくわかりました。つまりアポトーシスは「プログラムされた死」であるということですね。

  はい。そして、最近では非アポトーシス細胞死(アポトーシスに含まれないプログラム細胞死)が、注目されています。この範疇に含まれる重要な細胞死の一つにオートファジー細胞死があります。たとえば、遺伝子に傷が入ってガンになりそうな細胞が、そのまま増えていったらどうなるでしょうか。通常、このような細胞は、ガンに成長する前に、アポトーシスによって日々取り除かれているわけですが、アポトーシスがうまく働かないと、ガンになってしまいます。何らかの理由でアポトーシスによる細胞死が誘導されにくいとき、オートファジー細胞死が代わりに実行され、ガンを抑制することができるのです。
  オートファジーとは細胞の内部にある不要なタンパク質などを、自ら分解してしまう現象です。autoは自己、phagyは食べるという意味ですから「自食作用」とも呼ばれています

なぜ細胞は、自分の内部を食べなければいけないのでしょうか。

  細胞はセル(小部屋)という言い方をします。あなたの部屋を想像してみてください。部屋が散らかっていると、移動する際に躓いたり、探しているものが見つからなかったりと、いろいろ不具合がおきますよね。同様に、細胞内も、オートファジーによって整理整頓されていないと、その機能を充分に発揮することができなくなるからです。

オートファジーは、細胞を死に至らしめるだけがその役割ではないと。

  はい。オートファジー細胞死は、オートファジーの役割のほんの一部です。たとえば、細胞内である種のタンパク質が異常に蓄積されたときは、自食によりこれをふせぐことができます。反対に、栄養が足りず飢餓状態になってしまったときは、タンパク質をリサイクル活用します。オートファジーは、細胞死だけではなく、生体全体の恒常性維持に貢献するシステムなのです。

オートファジーは、肝臓移植を行う際にも、影響しているのですか。

  はっきりと明言できませんが、移植の際にオートファジーに不具合があると、成功率が悪くなると思います。ドナーから臓器を取り出すとき、切りとった部分の細胞には傷がつきますが、オートファジーにより修復がおこなわれていると思われますので、これが起こらなければ、傷だらけの細胞がレシピエントの細胞と接触してしまうことになり、移植がうまくいかなくなるでしょう。

いまおっしゃった「細胞に傷がつく」とはどういう意味でしょうか。

  通常、タンパク質は細胞内で水に溶けたような状態で存在していますが、熱や紫外線などの刺激を受け「細胞が傷つく」と、一部のタンパク質はすぐに固まってしまいます。温めた牛乳を想像してください。そのまま置いておくと表面に薄い膜ができ、それが嫌な人は取り除いてから飲みますよね。あれはタンパク質の変性によって起こっているのです。細胞内で固まってしまったタンパク質は、ひじょうに迷惑な存在なのです。
  移植の際には、肝臓に酸素がいったんなくなったあと、急に大量に入ってくるという状況になり、そのときに大量に生まれる活性酸素が、細胞内のタンパク質の変性をおこし、結果細胞を傷つけるのです。そうなると、レシピエントに移植された肝臓の機能はどうしても低下します。

その細胞の傷ついた部分を、自食によって修復するのも、オートファジーの役割の一つ、というわけですね。

  はい。中学で習った理科の授業を思い出してください。細胞の半分は水からできており、細胞膜で覆われています。そして、内部にはリソソーム、ミトコンドリア、核、ゴルジ体などの各種の構成成分があることは、ご存じですよね。
  これらを含めたさまざまな構成要素のうち、うまく働かないものがあったり、古くなってしまったものをそのまま放置しておくと、細胞はその機能を充分に発揮できないので、私達の身体は、オートファジーによりこれら細胞内小器官などの構成成分を分解してしまうことで、健康を保っているのです。