東京医科歯科大学難治疾患研究所 病態細胞生物学分野 教授  清水重臣先生インタビュー「オートファジー機構を応用したスマート・エイジング対策法の開発」(第1回)

 「死」という言葉にはとてつもなく壮大なイメージを抱きがちですが、じつは私たちのなかでは毎日膨大な数の死が起こっています。それは細胞の死です。原因はさまざまですが、いずれも細胞そのものの消滅を意味するということが医学の前提となっていました。しかし近年、細胞のかたちは保ったまま、内から浄化させることで生まれ変わらせる、「オートファジー」と呼ばれる新たな細胞死のメカニズムが発見されました。なかでも清水重臣先生が発見したオートファジーの新たなメカニズムは、赤血球誕生の謎や、ガンなどの難病治療など、これまでなかなか解明されなかった医療分野への突破口となりうるものです。今回は「細胞死とは何であるのか」についてくわしくお話を伺いました。

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昭和59年 大阪大学医学部卒業
昭和59年 大阪大学医学部旧第一外科入局。以後、8年間、外科臨床に従事。
平成 6年 大阪大学医学博士号取得。
平成 6年 大阪大学医学部第一生理学教室助手
平成 8年 大阪大学医学部遺伝子学教室助手 平成12年 大阪大学医学部遺伝子学教室助教授
平成18年 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 病態細胞生物学 教授 
現在に至る。医学博士。


清水先生は、種々の疾患や病態への応用を前提に「細胞死」「オートファジー」「ミトコンドリア」の3つを専門に研究をされています。研究をスタートしたきっかけは何だったのでしょうか。

  大学の医学部を卒業してから10年ほど、消化器外科に所属していました。
  専門は肝臓で、おもに移植の研究をしていました。これは、どの臓器にもいえることですが、臓器移植を行うことの大きな問題点は、臓器を提供者から取り出したあと、できるだけ早く患者に移植しなければ、たくさんの細胞が死んでしまい、手術の成功率が下がってしまうことです。

そこで、移植する際の細胞死が少なくなればいいと考え、細胞死の研究をはじめられたのですね

  その通りです。日本では、手術の成功率が悪いと、手術自体を認めてもらえません。いまでこそ国内では150以上の病院で行われるようになった肝臓の移植手術ですが、当時はまだ日本国内での許可が下りておらず、実例がありませんでした。そのためアメリカまで行かなければ、現場を見ることも、勉強することもできませんでしたね。

肝臓を取り出してから移植するまで、時間はどれくらいかかるのでしょうか。

  肝臓はドナー(提供者)から取り出されると、すぐに冷却しなければいけません。そして、ヘリコプターや航空機、新幹線などのなかから、最適な経路を使って移送され、すみやかにレシピエント(移植を希望する人)に移植されます。早ければ早いほどいいのですが、取り出してから移植までの作業時間は、原則24時間以内です。臓器によってはもっと急がなければいけないものもありますね。時間が経てば経つほど、細胞死が進行しすぎてしまい、移植できない状態になるのです。

そもそも、細胞死とは何でしょうか。人間の死に病死、事故死、自然死などがあるように、細胞の死にも、いくつかの種類があるのでしょうか。わかりやすく教えてください。

  細胞死の代表的なものに、ネクローシス(necrosis)、アポトーシス(apoptosis)、非アポトーシス細胞死(nonapoptotic cell death)の3種類があります。順番にご説明します。
  ネクローシスは「細胞が外部的な要因によって傷ついた結果、死んでしまうこと」であり、いわゆる「壊死」のことです。たとえば、雪山で遭難した人は、足や手の細胞が凍傷になりますし、火傷を負ってしまうとその部分の皮膚の細胞は死んでしまいます。これらがネクローシスです。

昔は細胞死というと、ネクローシスしか知られていませんでした。

  1972年にイギリス人によって発見されたのがアポトーシスです。個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞死のことを言います。人間では「自然死」にあたると思ってください

ネクローシスはよく理解できるのですが、アポトーシスがよくわかりません。なぜ「自然死」する細胞があるのでしょうか。

  人間は胎児のとき、胎内で生物の進化をなぞることはよく知られていますが、ある時期の胎児の指の間には、カエルのようなヒレがついています。指の間にヒレが残ったまま生まれるとたいへんなことになるので、このヒレの部分の細胞も、アポトーシスによって取り除かれます。