慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 教授 小國健二先生インタビュー「大規模災害時にも機能する『助け合い通信』の創造・実装・展開」


実用化が目の前まで迫っているのですね。ですがどうして金沢市で社会実験を実施されることになったのでしょうか。

 ふたつ理由があります。ひとつは、現在開発しているこのアプリが2013年の「金沢スマホアプリコンテスト」で準グランプリを獲得し、社会実験のテストフィールドとして金沢市にご協力いただけるためです。もうひとつは、金沢市には兼六園や金沢城、21世紀美術館などさまざまな観光名所がありますが、それらがすべて2〜3km四方のなか集まっており、十分に歩いてまわることができ、このアプリとの親和性が非常に高いためです。

しかし、もし市内をくまなくまわった人が駅にむかい、いま来たばかりの人とすれ違うと、すべての情報を最初から手にしてしまうことになるのではないでしょうか?

 もちろんその可能性もあります。ですが、それはそれで面白いと思います。実際、インターネットの世界でも「情報のハブ」のようなものは確かに存在しますし、助け合い通信の結果、もしも全く偶然に少数のユーザーが「助け合い通信のハブ」になった場合、「情報拡散におけるパターン形成」に関する極めて興味深い現象であると思います。
 また、情報には賞味期限のようなものを設けています。たとえば夏に観光で金沢に来た人が、冬のイベント情報を受け取っても意味がないため、あらかじめ情報の期限を設定しておいて、そのとき旬の情報のみが手元に残るようにしてあるのです。ですので、情報があふれてしまって、いま必要な情報が見つからないという事態は避けることができます。

ではそれらの情報は一覧リストのような形で見ることができるようになっているのでしょうか。

 もちろんリストでも見ることができますが、それぞれの情報には位置情報も埋め込んであるため、地図上に付箋が貼付けられたように、どこにどの情報があるのか知ることができ、自分の近くに何があるのか一瞬にして知ることができます。

では、今回の研究テーマをさらにどのように展開させていくかという展望をお聞かせください。

 より広い地域で、多くの利用者を得るために、まずはコンビニエンスストアチェーンなどにご相談して、首都圏近郊で情報発信機を展開できたら良いと考えています。「お弁当がいま10%引きです」といった自店の広告を発信し、その近くにいる人に届けるという、ひとつの広告ツールとしての展開を考えています。「ローカルな人にピンポイントに情報を出す」という伝達の仕方は最近の広告手法のひとつではあるのですが、「出したい人にだけ出す」ということができるシステムはほかにありません。ユーザーを増やすことができれば、そのぶん正確な情報拡散経路を知ることができ、タイムセールなどの時間限定の情報を何分間出したら有効かという実数値がわかってきます。そこまで情報拡散の精度を高めることができれば、多くの地方自治体に情報発信機の設置や運営をお願いすることもできますし、2020年に控える東京オリンピックと連動したサービスを稼働できれば、より多くの人の手にアプリが行き渡るでしょうし、東京という都市全体にシステムを組み込むことができます。

手始めに東京に「なくてはならないシステム」として組み込むことが成功したならば、大阪などほかの都市にも導入できるようになりますね。

 それほど普及させることができれば、長年噂されている首都直下型地震が起こり、情報インフラがストップしてしまった場合でも、か細くはありますが、最後の頼みの綱として機能することが期待できます。リアルタイムに周辺の被災情報が入ってきたなら、より多くの人が安全に避難することができるでしょう。

実社会に深く根ざすことができれば、災害時にこれまででは助からなかった命も助けることができますね。では最後にセコム科学技術振興財団へのメッセージをお願いします。

 セコム科学技術振興財団さんの助成金は、額が大きいだけでなく、自由度も高いため、とても助かっています。
また、研究を採択するかどうかのときと、準備研究から本格研究に移行するときの2回にわたり、分野外の方もふくめた審査員の先生による審査があります。そこで、この研究はどうあるべきか真剣に考えていただき、率直なご意見をいただくことができました。そのなかでいただいたご意見によって、さきほどもお話ししたように情報発信機からのみの発信へと方向転換したのです。いまこの研究が上手くいっている理由のかなりの部分がこの2度の審査によるものですので、とてもいい機会をいただけたと思っています。

では、いま助成をめざしている研究者の方々にもメッセージをお願いします。

 現在財団の助成を受けられている方は多くいらっしゃいますが、比較的ライフサイエンスが多いのではと感じます。僭越ながら、これからの自然科学の柱は、生命科学、情報科学、材料科学に関わる分野、あるいはこれらを複合した分野になってくるのではないかと考えております。セコム科学技術振興財団は「安心安全」をテーマにかかげていらっしゃいますが、医療系などのライフサイエンスだけではなく、材料科学の分野でなにか安心安全に結びつくものがあれば、研究助成の幅も広がりますし、さまざまな面から「安心安全」を保証できるようになるのではないかなと思っています。

材料科学というのはたとえばどんなものがあるのでしょうか?

 私のもともとの研究分野でいうならば、地震で絶対に壊れない建物を作るための、軽くて強くて安価な素材などでしょうか。ただ、材料科学の分野で安全のための何かを生み出すというのはなかなか難しいとは思います。私の研究も誰もが思いつくけれども具体的な設計は誰にもできないというものでしたので、いいアイデアが生まれることを期待しています。

まずは金沢でのアプリのサービス開始が楽しみですね。長時間にわたるインタビューにおつきあいいただき、ありがとうございました。