慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 教授 小國健二先生インタビュー「大規模災害時にも機能する『助け合い通信』の創造・実装・展開」
2011年の東日本大震災では東京の交通網が麻痺し、多くの帰宅難民が出たことは記憶に新しいです。駅に行っても電車は動いておらず、徒歩でなんとか自宅まで帰ろうにも道がわからず、途方にくれるという人が大勢いました。TwitterなどのSNSでは避難所などの情報が拡散されていた反面、デマや流言も多く、何を信じればいいのか分からないという状況になっていました。
慶應義塾大学の小國健二先生は、端末同士で直接情報をやりとりできる、いわゆる「すれ違い通信」の仕組みを用いて、災害時の情報のみならず、私たちの日常生活に根ざした情報を提供する「助け合い通信」を開発し、スマートフォンアプリというかたちでの普及を目指しています。先生のこれまでのご研究と、助け合い通信の可能性についてお話をお伺いしました。
慶應義塾大学の小國健二先生は、端末同士で直接情報をやりとりできる、いわゆる「すれ違い通信」の仕組みを用いて、災害時の情報のみならず、私たちの日常生活に根ざした情報を提供する「助け合い通信」を開発し、スマートフォンアプリというかたちでの普及を目指しています。先生のこれまでのご研究と、助け合い通信の可能性についてお話をお伺いしました。
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小國先生は現在、スマートフォンのアプリ開発をなさっていますが、もともと土木工学を専門に研究されていたそうですね。

地球スケールの力学的挙動の研究とは具体的にどういったことなのでしょうか?
たとえば、地震が発生するメカニズムに関する研究です。私は博士号をとったあとに東京大学の地震研究所で働いていました。地震が起こる原因となる断層の材質を知ることができれば、どの角度でどのくらいの力が加わったら断層が壊れるか、すなわち地震が発生するかを計算して予測することができます。しかし、地面をめくり上げて断層全体を見ることは不可能ですし、断層のどこにどれくらいの小石が含まれているか、などとなると到底わかりません。さらには、地面の下の奥深くでどのような力が発生しているかを正確に知ることもできません。応用力学の手法を使った解析ではとても繊細で緻密な計算が必要なのですが、地震現象には不確定な要素がたいへん多いことにくわえ、地球スケールの現象は実験で理論の正しさを検証することが難しいのです。このように地震というのは、力学の問題としては極めて難易度が高いのです。
ゴルフクラブの強度を計算する方法とおなじアプローチで地震を予測する方法があるとは驚きです。地震以外にはこれまでどんなご研究をされてきたのでしょうか?

茶碗や湯のみなど、さまざまな日用品で目にするひび割れにそのような法則性があったとは驚きです。
少し難しい言葉になりますが、これは「力学的相互作用による幾何学的対称性の段階的喪失の過程」に関する法則で、数学分野の群論の考え方を使って解明しました。この法則は絶対で、どんな材質でも、平面でも立体でも、ひび割れでも穴の場合でも必ずひとつ飛ばしに成長していきます。
じつはこの理論が、いまの研究と私の中ではつながっているのです。ひび割れの法則は自然の中での何らかの力学的相互作用の結果、どのような形が作られるか、ということに関係しています。これはパターン形成といって、たとえば雷の稲妻のかたちなども、このパターン形成によって決定されています。雷というものは、なめらかで連続した場である大気中に、突然不連続な場が発生する現象ですが、ひび割れもこれに似ています。雷にしろ、ひび割れにしろ、連続した場の中に不連続な場が発生するときに、どのような形があらわれるかというシミュレーションを行うのですが、「連続した場」を私たちの暮らす社会に置き換えれば、現在の研究もおなじことを行っているといえます。
じつはこの理論が、いまの研究と私の中ではつながっているのです。ひび割れの法則は自然の中での何らかの力学的相互作用の結果、どのような形が作られるか、ということに関係しています。これはパターン形成といって、たとえば雷の稲妻のかたちなども、このパターン形成によって決定されています。雷というものは、なめらかで連続した場である大気中に、突然不連続な場が発生する現象ですが、ひび割れもこれに似ています。雷にしろ、ひび割れにしろ、連続した場の中に不連続な場が発生するときに、どのような形があらわれるかというシミュレーションを行うのですが、「連続した場」を私たちの暮らす社会に置き換えれば、現在の研究もおなじことを行っているといえます。
茶碗におけるひび割れや、大気中における雷のように、わたしたちの社会のなかに生み出されるパターンとは一体何でしょうか。
それは、情報拡散の過程で現れるパターン形成です。とくに、私たちが持つスマートフォンを媒介とした情報拡散の過程に興味があります。私が開発したアプリは、アプリをダウンロードした携帯端末をもった人々が街のなかを歩いていると、すれ違い通信によってユーザー同士で直接情報を送りあい、まるでリレーのバトンをわたすようにして情報を拡散していくというものです。こうして情報が拡散されていく経路を絵にしてみると、なにか特徴的なかたちが現れるのではないかと考えました。情報が伝達するなかでのパターン形成がどんなものなのかということに興味を持ち、その具体例として現在の研究をはじめました。
先生の経歴を拝見したとき、どのようにして土木工学から現在の研究に移ってきたのか疑問だったのですが、パターン形成というつながりがあったのですね。
この分野に科学的興味をもったのはひび割れのパターン形成の解明からですが、この研究を具体的に進める大きなきっかけとなったのは一人の学生さんの存在です。彼は、財団さんの助成をいただく二年前に研究室に入ってきたのですが、現象の背後にあるメカニズムを解明するような研究よりも、世の中の人が一人ひとつ持ちたくなるような便利なものを作るための研究をしたいという考えを持っていた、とても工学的志向の強い学生さんでした。「だれもが欲するものは?」と「社会の中での目に見えないパターン形成の具体例は?」という、彼の工学的興味と私の理学的興味を融合して考えを巡らせた結果、当然の帰結として「情報拡散におけるパターン形成」に思い至りました。
近年では、テレビやインターネットといったメディアから、看板や道路標識まで、私たちのまわりは「情報」で溢れていて、飽和状態です。
たしかに私たちは「情報」が必要以上に溢れかえっているものだと見なし、みなに行き届くよう伝える「経路」にまでは目を向けてきませんでした。しかし、この認識が覆る出来事があったのです。それは東日本大震災です。震災があった日、私は電車が動いているかどうかも分からず、歩いて帰るにしても道の状況が分からなかったため、キャンパスに居残っていました。停電の中、辛うじて使うことのできた携帯電話のワンセグテレビをつけると、情報がいろいろと入ってきたのですが、そのときの電車の運行情報や近くの被災状況などといった、本当に欲しい自分の身近な情報というのは何も入ってきませんでした。私たちはふだん情報を簡単に入手できると思ってきましたが、緊急時には完全に情報が途絶してしまって、どんなクオリティの低いものでもいいから身近な情報が欲しくなるものだ、ということを痛感したのです。そこで、「いまここで欲しい情報」をたくさんの人に伝える方法はないだろうかと思案していました 。