慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 教授 小國健二先生インタビュー「大規模災害時にも機能する『助け合い通信』の創造・実装・展開」


そのように東日本大震災がひとつのきっかけとなり、開発した「助け合い通信」はどのような仕組みなのでしょうか。


 携帯電話やタブレット、パソコンなどといった通信機器はふつう、基地局を介して情報をやりとりします。元旦になった瞬間などに、メールが上手く送れないことがありますよね。それは、ひとつの基地局の許容量を超える通信が行われようとして、いわば交通渋滞を起こしているからなのです。当然、災害時にも安否確認や避難情報を得ようとする人が大勢いるため、ふだんとは比べ物にならない通信量となり、渋滞を起こします。また、基地局自体が被害を受けて損傷し、機能しないことも考えられます。そうなると、手元に携帯端末はあっても、まるで使い物になりません。ですが、携帯電話などには、基地局を介さない近距離無線通信機能というものが備わっています。最近ではあまり見かけなくなりましたが、以前は連絡先を交換するさいに赤外線通信をつかって直接情報を交換しましたよね。それと同じように、基地局を介さず、直接携帯端末同士で情報をおこなおう、というのがこの「助け合い通信」なのです。

ニンテンドーDSなどの携帯ゲーム機の「すれ違い通信」によく似ていますよね。

 使用している近距離無線通信の機能自体は基本的にすれ違い通信と同じですが、ゲームのすれ違い通信は「何も起こらないかもしれない。けれど、もしかしたら何かが起こるかもしれない」という「一期一会の偶然性」を楽しむものです。ですが災害時に頼みの綱とするものが、偶然性に頼るものでは役に立ちません。できるだけ多くの人に、できるだけ早く情報を拡散できるように、システムの全体を設計しないといけないのです。

つまり、先生の「助け合い通信」は、情報を多くの人に早く伝えるためにきちんと設計された「すれ違い通信」なのですね。

 さきほど応用力学の破壊の研究をしていたときに、ひび割れの実験結果と理論による予測を突き合わせて理論の正しさを検証した、とお話ししましたが、それと同じことです。現在開発中のスマートフォンのアプリを使って、どのようにすれば情報を広く拡散できるかというシミュレーションを行い、そのシミュレーションとあっているかどうか、実験をおこない確かめます。一昨年、上野動物園に学生70名ほどをあつめて数回にわたる実験をおこない、事前に想定していたシミュレーションと一致していることを確認しました。

先生が思い描いたとおりに、実際に情報が伝わる仕組みになっているのですね。ではそもそも、拡散される情報というのはどこから発信されたものなのでしょうか。アプリのユーザーである私たちが撮った写真などを自由にまわすことはできるのでしょうか。


 拡散される情報は、街中などに設置された情報発信機から発信されたものに限定し、ユーザーが自由に発信することはできないようにしています。もともとは、災害時に道行く人々が炊き出しや被害情報などを写真に撮って、周囲と共有するようなイメージでアプリを開発していたのですが、こちらが管理する情報発信機からのみの情報に制限することに決めました。というのも、自由に情報を拡散できるということは、その分リスクも大きくなります。悪意を持って、プライバシーを侵害するような情報を勝手に拡散することもできることになります。そのような危険な面をもつシステムは世の中に普及させてはいけない、ということを研究助成の審査段階でアドバイスいただき、方向転換しました。

プライバシーに配慮した安全なシステムになっているのですね。情報発信機というのは助け合い通信のために開発した特別な機械のようなものなのでしょうか。

 一般的なスマートフォンやコンピューターを使うので、特別なものはなにも必要ありません。こちらが管理しているといっても、私がすべての発信器を逐一まわって情報を発信することはできません。 たとえばコンビニなどに発信器を設置するとして、災害時に周囲の被害情報を店員さんが簡単に発信できるように、だれもが操作できる既存のものを使っています。

では、そうした情報発信機から発信される情報というのはどういったものなのでしょうか。

 画像情報や文字情報など、形態にとくに制限はありません。また、内容に関しても、災害のみに特化したものでは、アプリ自体が緊急時に皆さんの手元に行きわたっているとは考えづらいため、近隣の店のセール情報や広告などを配信して、平常時にも使えるシステムとして普及させていきたいと考えています。実際に、現在「te to te」という名前で助け合い通信のアプリを公開しています。さらに金沢市内に情報発信機を設置して社会実験を行うための準備を、現在進めているところです 。