大阪大学基礎工学部 教授 西田正吾先生インタビュー「広域災害に対応する理想的なシステムとは」

人が住む社会には、何らかのコミュニケーションが発生します。面と向かって話せればそれが一番いいのですが、電話、FAX、インターネットと人と人をつなぐものが進化を続けていくなか、西田先生は、コミュニケーションを円滑にすることで、人間が幸せになるため、人間とコンピュータ、人間と人間、人間と社会を支援する次世代ヒューマンインタフェース分野の研究を行っています。  なかでも今回は、セコムにて大型研究助成を行った「広域災害の対応のためのシナジェティックインターフェイスの提案と構築」について詳しい内容と研究にいたった経緯を先生に直接お話をお聞きしました──

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1952年生。工学博士。大阪大学副学長。ヒューマンインタフェース、メディア工学、認知工学が専門。三菱電機 (株)を経て1995年から大阪大学基礎工学部教授。IEEE、システム制御情報学会、ヒューマンインタフェース学会所属。著書に『ヒューマンコンピュータインタラクション』(オーム社)などがある。

西田先生は、これまでどのような研究をされていたのですか?

 民間企業にいたころは、主として電力系統の制御等のシステム技術やメディア技術の研究開発に取り組んでおり、1995年に大学に移り、ヒューマンインタフェース、ヒューマンコミュニケーションの研究活動に専念するようになりました。

そのような研究を経て、広域災害への対応のためのシステムを考え始めたきっかけは何だったのでしょうか?

 東日本大震災で、東北、関東方面は大きな被害を受けましたが、私自身1995年の阪神淡路大震災で被災したことが直接の動機です。自宅は兵庫県の宝塚市にありますが、私の住んでいる所は、特に被害が大きかった地区で、自宅は半壊、隣の親の家は全壊となり、水道が復旧するまで1ヶ月、ガスが復旧するまで2ヶ月かかりました。

たいへんな状況ですね

 はい。当時の状況は、今でもはっきりと覚えていますが、下から突き上げるような揺れが来て、家中がめちゃくちゃになり、まずは家族の無事を確認した後、明るくなってきて外に出てみると、ガスのにおいが町中に充満し、周りのほとんどの家屋が全壊していました。電気は比較的早く、数時間後に復旧しましたが、電気が入ったとたんに、500メータぐらい先で火の手が上がりました。警察や消防のサポートは全く得られず、まずは近所の人たちで助け合うしかありませんでした。
 このような状況の中で、TVやラジオは、「尼崎市内でけが人が出た」など、被害が軽微な地域の情報のみを伝え、神戸市や宝塚市のような被害の大きなエリアの情報は、その日の夕方まで全く伝えられない状況が続きました。被害の一番大きなエリアの情報が災害対策本部に上がっていかず、全体の状況把握がうまく機能しなかったためだと思われますが、このような体験から、災害時の情報伝達や意志決定のシステムのあり方に疑問をもち、災害時のコミュニケーション支援の研究をはじめた次第です。

具体的にはどのようなご研究なのでしょうか

 今回の研究では、災害時における「迅速な状況把握の支援」「適切な部署への適切な支援」「臨機応変な対応の支援」の3つの機能を実現することを目指しました。コア技術を開発するとともに、これらの機能を連携する枠組みを「シナジェティックインタフェース」と呼び、その具体的な実現手法の確立をめざしています。

3つの取り組みのうちの1番目の「迅速な状況把握の支援」について教えてください

 広域災害において最も重要なことは、できるだけ迅速に全体の状況を把握し、それに基づいて適切な処置を取ることです。そのためには、まず必要な情報が上がってくることが前提となりますが、16年前の阪神大震災の時には、先程述べましたように、情報ネットワークが崩壊してしまい、一番被害の大きい地域の情報が伝達されない状況となりました。しかし、その後、情報ネットワークの信頼性や脆弱性が改善され、最近では逆に、カメラ映像も含め、多くの情報の中から、いかにして重要な情報をピックアップし、全体の状況を短時間で把握するかが課題となってきています。例えば、2004年の豊岡豪雨では、京都府の土木事務所に一度に150枚ものFAXが着信したため、その中に一番重要な洪水警報のFAXがまぎれ、舞鶴市の国道175号線の通行止めの処置がとられず、観光バスが水没する事態となりました。

川が氾濫する前に、情報が氾濫していたというわけですね。

 広域災害の場合、どうしても情報過多になって、重要な情報が見過ごされたり、また全体状況を把握するのに時間がかかってしまうケースが増えています。そこで、この研究では、災害時に発生する大量の情報の中から、全体の状況を把握するのに必要な情報のみを選択的に取り出すと共に、それを人間にとって把握しやすい形で提示する技術を考案、実装し、実験によりその有効性を確認しました。