岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授 西堀正洋先生インタビュー 「予防医学的な健康状態把握のための方法確立」(第2回)

 生活習慣病に対する治療は対症療法が一般的であり、疾患の根本を解明した治療に至っているとはいえません。前回はHMGB1とHRGという2つのタンパク質の血中バランスを調べることで「生活習慣病予防システム」として使用できる可能性があるということをお話しいただきました。今回は、HRGによる生活習慣病抑制効果について、より詳細にお伺いします。

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1980年岡山大学医学部卒業、1988年同学部講師。1990年カナダ・マニトバ大学医学部マニトバ細胞生物研究所研究員、翌年同研究所客員教授を経て、1995年岡山大学大学院医歯薬学総合研究科助教授、2001年教授となり、現在に至る。
研究室URL:http://www.okayama-u.ac.jp/user/pharmaco/

まずは前回のおさらいとして、血中HMGB1-HRGバランスを調べることで得られるメリットを教えてください。

 HMGB1とは細胞のストレスによって生じるタンパク質DAMPsの一種で、遺伝子転写制御など、核内に特化した機能を持つと考えられています。しかし、ニューヨーク・ファインスタイン医学研究所のトレーシー教授が、HMGB1には従来のイメージとは全く異なる「炎症を媒介する」機能が備わっていることを明らかにしました。
 炎症を媒介するHMGB1と対をなすHRG(血漿タンパク質)は、白血球に強く働きかけ、血管内皮細胞障害を防ぐことがわかり、両者のバランスを調べることで、「血管内皮細胞病」である生活習慣病を予測することが可能になります。

前回先生は「生活習慣病が発病したとき、血中の白血球の動きが遅くなっている」と仰いましたが、それはなぜでしょうか。

 画像をご覧ください。これは「好中球」といって、白血球の6割を占めています。アメーバのように運動し、ウイルスや細菌などの異物を捕食・殺菌します。一般的な白血球のイメージですね。綺麗なほうが健康な人の好中球、表面にたくさんの微繊毛があり、ざらざらした感じがするほうが敗血症時の好中球です。好中球は、血中HRGが少なく、HMGB1が多ければ細胞表面に微小突起が増えてざらざらの状態になり、血管内皮細胞に対して「セレクチン」という接着剤の働きをするタンパク質を発現させます。
 セレクチンなどの接着分子によって好中球が血管内皮細胞に強く吸着すると、好中球が産生する活性酸素によって、血管内皮細胞を障害します。本来、この活性酸素は病原菌を障害するためのものですが、好中球が血管内皮細胞上に強く接着するため、細胞障害を引き起こしていたのです。
 

白血球の動きが遅くなるのは、血中HRGが低下することで形状の変化とセレクチンの発現が起こり、血管内皮細胞に強く吸着していたからだったのですね。しかも、細胞死の原因が病原体によるものではなく、免疫システムによる「自傷行為」だったことにも驚きました。

 はい。また、HRGは好中球の表面を正球化するだけでなく、血管内皮細胞上の接着分子発現も抑制することがわかりました。
 HRGによって敗血症が抑制されることは判明していましたが、その詳細な病態までは理解できていなかったので、今回の発見によって新薬の開発にさらに一歩前進できたといえます。