岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 教授 西堀正洋先生インタビュー 「予防医学的な健康状態把握のための方法確立」(第1回)


HMGB1の、従来とは全く異なる作用とはどのようなものなのでしょうか。

 サイトカインという、細胞間の炎症を媒介する機能を持つタンパク質と酷似した作用です。
 トレーシー教授は重度のやけどを負った子どもの治療をする時、治療のための医学的基礎研究が不足しているという認識から基礎研究をスタートさせ「HMGB1が炎症を媒介する」という事実を突き止めたのです。
 私も当時、彼と同じような認識がありました。重症のやけどがどのようなメカニズムで広がり、体内で何が起こっているのかといった情報がなければ、どのような治療をしてよいのかわかりません。
 私はさらに、トレーシー教授の発見に加えて「HMGB1と対をなす物質が存在する」という仮説を立てました。
HMGB1が炎症を媒介するのなら、細胞間の炎症の媒介を抑制する分子「AntiDAMPs」も存在するのではないか、と考えたのです。

存在が証明されていない物質を存在すると仮定して、研究されたのですね。不安は感じなかったのですか。

 もちろん不安はありましたが、この研究によってAntiDAMPsのひとつが「血漿タンパク質HRG」に分類される物質であることがわかり、世界に先駆けて発表することができました。突飛な発想であるがゆえに、類似研究はほとんど存在しなかったのです。
 ここで、本研究の最初の目的である「予防医学的な健康状態把握のための方法確立」に話を戻しましょう。最近は世界共通の問題として、生活習慣病をどう予防していくかが課題とされています。ここで私は、生活習慣病に共通する体内の異常状態として「血管内皮細胞の障害」が重要である、と考えています。

炎症を媒介するHMGB1が、血管内皮細胞の障害にも一役買っているということでしょうか。

 その通りです。この発想は、昔、NHKの番組『ためしてガッテン』で「生活習慣病の発生時、血液の流れがどろどろになる」というVTRを見たことがきっかけです。血液の流れがどろどろになるとは言いますが、血液中の大部分を占める赤血球は滞りなく流れていました。しかし、白血球の動きが遅くなっているように見えました。
 そこを深く掘り下げて研究した結果、HRGが白血球に強く働きかけ、HMGB1による血管内皮細胞障害を防いでいることが証明できました。これは、肺の毛細血管内で血液が凝固することによって引き起こされる敗血症、急性呼吸窮迫症候群の発症を防ぐうえで、極めて重要な発見です。