慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 教授 西宏章先生インタビュー 「ネットワークトラフィックに直接介入するサービス指向ルータにより展開される新たなスマートサービス」(第2回)

 情報通信技術は急速に進歩しながら「伝える」だけではなく「活用する」「サービスを生み出す」といった新しい領域へと入り、ビジネスはもちろん、私たちのライフスタイスにも大きな影響を与えています。
 前回はルータが送受信している情報を「見る」ことで、新しいセキュリティシステムが構築できること、さらに新しい民間・公共サービスを生み出したり、ビッグデータの収集、スマートコミュニティの実現など、さまざまな可能性があることをご説明いただきました。
 インタビュー第2回では「サービス指向ルータ」の仕組みを応用した新たな情報サービスの可能性について、詳しく教えていただきます。

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1999年慶應義塾大学博士課程理工学研究科計算機科学専攻単位取得。博士(工学)。その後、技術研究組合新情報処理開発機構、株式会社日立製作所中央研究所の研究員を経て、2003年に慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科助手として配属。2006年に専任講師、2014年に教授となり、現在に至る。国立情報学研究所客員教授。
研究室URL:http://www.west.sd.keio.ac.jp

まずは前回のおさらいとして、ルータで情報を見ることのメリットを、もう一度教えて下さい。

 今のルータは単なる「誰から、どこへ」情報を伝達するための機器ですが、ルータ自身が情報の中身を見て、危険な情報でないかどうかの判断ができるようになれば、より安全な情報通信が可能になります。
 また、広範囲の情報をリアルタイムで集められるため、さまざまなサービスを生み出すことも可能です。

前回の「ユーザがそのページにたどり着いた経路が分かると、オンラインショップの経営者は顧客の目的や嗜好から経営戦略の見直しができる」というお話は目から鱗が落ちました。その他にも、何かありますか?

 検索エンジンです。たとえば何かの情報が欲しいとき、私たちはインターネットで検索します。このとき上位に表示されるのは、基本的には「多くのリンクが貼られているページ」です。
 しかし私は「良い情報が掲載されているかどうか」を図る基準はリンクの数ではなく、ユーザの滞在時間の長さであると考えています。
 ルータで集めた情報を見れば「あるユーザが、いつWebページを見て、いつ別のWebページへ移動したか」が分かります。つまり、Webページの滞在時間を求めることができるのです。「滞在時間が長いページほど重要なページである」と判断する検索エンジンを作ることができれば、今の大手インターネット情報サービスに対抗できる、新しいサービスになると考えています。 

確かに、良い情報があれば滞在時間は自然と長くなりますし、ルータなら滞在時間の情報を広く集めることができます。

 他にも、インターネットによる情報収集を効率よくするシステムとして、CDN(Content Delivery Network)があります。たとえばアメリカの有名動画サイトには毎日多くのユーザが集まりますが、一つのサイトで何百万、何千万人というユーザを処理することはできません。そのため、世界のあちこちに同じ動画を持つサイトを作り、ユーザにとって最も近いサイトへとCDNが誘導して、分散を図っているのです。

アメリカの動画サイトにアクセスしたつもりが、実は日本国内にある同じサイトに繋がっていた、ということですか? そういえば、よく「動画データの取得に失敗しました」というエラーが出ますが……。

 そうです。しかし今のシステムでは、近くのサイトでトラブルが発生しても、遠くにある他サイトにすぐには誘導してくれません。一方ルータの情報を見れば「このサイトで、最近トラブルが起きたか、起きていないか」が分かります。ルータ同士が情報の共有を行って「今この動画を見るなら、このサイトに行けば問題ない」とユーザを誘導できるようになれば、より即応性が高いサービスの提供が可能になります。
 ほかにも「ロードバランサー」というシステムがあります。これは複数のサーバに対して、処理能力に余裕があるサーバに優先的にアクセスを振り分ける機能です。これもルータ同士が「サーバとの情報のやりとりにかかった時間」の情報を共有すれば「この情報を、どのサーバに送れば、一番早く反応が返って来るか」を計算して、振り分けることができるようになります。
 このように、すでに存在しているサービスに応用することで、より即応性が高いインターネット環境を実現することができます。