慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 教授 西宏章先生インタビュー 「ネットワークトラフィックに直接介入するサービス指向ルータにより展開される新たなスマートサービス」(第1回)


ルータがウイルス対策をしてくれれば、パソコンの負荷が減りますね。さきほど先生がおっしゃった「新しいサービス」というのは、このことですか。

 セキュリティだけではありません。ルータを単なる伝送媒体ではなく、広範囲の情報をリアルタイムで収集できる機器としてとらえることで、さまざまな新しいサービスを生み出すことができます。
 たとえば化粧品を販売しているネットショップがあり、10人のユーザが同じ商品を購入しました。その10人がどのようにしてそのページに辿り着いたのかを見てみると、3人は化粧品の価格を比較するサイトをいくつか経由しており、7人は「肌トラブルを解消する化粧品」という広告から入ってきたことが分かりました。この情報をもとに、ネットショップの経営者は広告戦略や対象者の見直しをはかることができます。
 また講演会の会場に専用ルータを設置し、参加者が講演中にどのようなサイトを見ているのかを調べれば、講演内容でわかりにくかったことや、興味を持った内容などが見えてきます。もちろんユーザのプライバシーは保護されなければいけないため、匿名化の研究も同時に行い、配慮しています。

最近、ビッグデータの活用や、スマートシティ、スマートコミュニティなどを政府が推し進めているため、情報活用のありかたが大きく変わってきましたね。

 経済の発展のためにデータを活用したり、社会インフラにICTを導入してエネルギー消費の制御・効率化をはかりながら市民生活の質を高めていくことは、重要だと思います。しかし、さまざまな情報をクラウドに集約し、分析して最適化を行うという手法に対しては、私は疑問を抱いています。
 クラウドのサーバが遠方にある場合は、情報を送信して戻ってくるまで、時間がかかってしまいます。たとえば自動車の自動運転化が実現して、交差点で車と車が衝突しそうになったとき、いちいちクラウドに計算してもらっていては交通事故を防げません。

私たちが熱いものに手を触れたとき、脳で判断するよりも先に手を引くように、即時的な判断が大事だということですね。

 そうです。情報をすべて中央に集めるのではなく、生まれた情報をその場ですぐに活用できるような仕組みを構築することが先決です。
 データ収集と結びつく新しいサービスを増やし、公共サービスや民間サービス、インターネットサービスに変革をもたらすスマートコミュニティを実現することが、この研究の目的の一つです。

 ありがとうございました。ふだん何気なく使っているインターネットの仕組みを改めて教えていただくことで、ルータの役割や、情報活用の新しいあり方が見えてきたような気がします。
 次回は、この「サービス指向ルータ」を活用した新しいインターネットサービスの可能性について、お話をうかがいます。