豊橋技術科学大学大学院工学研究科建築・都市システム学系 准教授 増田幸宏先生インタビュー「オフィスビルのBC(Building Continuity)デジタル支援装置の開発」

地震対策として「ほとんど手つかずの領域」として危険視されているのがオフィスビルです。従来の対策の何が問題であり、今後はどのような対策を講じていくことが重要になるのか、この分野の第一人者である増田幸宏先生にお話をお聞きしてきました。 

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1976年生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻博士課程修了。早稲田大学高等研究所准教授を経て、2010年より国立大学法人豊橋技術科学大学大学院工学研究科建築・都市システム学系准教授、東京理科大学客員准教授 (危機管理・安全科学技術研究部門)。2012年より豊橋技術科学大学安全安心地域共創リサーチセンター副センター長、一般社団法人レジリエンス協会副会長を兼務。専門は、建築・都市環境工学、設備工学。建築・都市の危機管理と適切な機能維持のためのBuilding Continuity、Building Forensics領域の研究や新たな都市の環境インフラ構築に関する研究に取り組む。博士(工学)。

先生のご専門についてお教えください

 私の専門は、建築・都市環境工学、設備工学です。私がこの分野に進むことになった大きなきっかけのひとつは、阪神・淡路大震災です。高速道路などが横倒しになっていたり、建物が倒壊したり、衝撃的な映像を目の当たりにしました。学問をするための意味はなにかと考えていた私にとって、社会のためにすべきことがたくさんあるということと、建築分野の重要性を実感した事件でした。
 またその直後に地下鉄サリン事件がありました。都市の危機管理を考えることの重要性について認識をした原点です。いつか都市の安全と安心について自分なりに取り組んでみたいと強く思い、建築・都市環境工学分野を志す大きな契機となりました。
巨大システム・人工物(Built Environment)の典型としての大都市の計画、設計、制御、維持、管理方策はこれから科学・技術が取り組むべき大変大きな課題であると考えています(左写真参照)。

今回の研究内容についてお教えください

 セコム科学技術振興財団の助成をいただいて進めた研究テーマは「オフィスビルのBC(Building Continuity)デジタル支援装置の開発」です。Building Continuityとは、「建物の適切な機能維持」を意味します。地震などの自然災害や停電などの非常時においても、重要な建物機能を維持・継続するために、センサーやモニタリング技術を最大限に活用し、重要な建物情報を一つに集約して、可視化・記録しながら、建物管理の現場スタッフや建物使用者を適切にサポートするシステムの開発に取り組ませていただきました。

開発されたシステムの特徴は何でしょうか。

 非常時においては様々な情報が錯綜する中で本当に必要な情報が不足し、対応にあたる人間も含め大変混乱した状況に陥ることが危惧されます。阪神・淡路大震災時における中央監視システムの警報情報に関する調査を行った結果では、震災の発生時刻である午前5時46分周辺の時刻において、建物内で各種の異常状態が発生し、同時に多量の警報が発生していました(左写真参照)。警報ラッシュの発生しているこのような状況下で適切な判断と行動を行うことは困難です。これでは危機が訪れた際に、建物管理者が、被害の情報を迅速に把握し、適切な行動をとることはできません。
 BC(Building Continuity)支援システムは、災害時にもいかに需要な建物機能を維持・継続し、また効率的な復旧ができるかどうかに主たる目的をおいています。いま建物のどの部分に被害が生じていて、建物の重要機能を守るためにはどの情報に対して優先的に対処すべきかが一目瞭然になるように工夫されているのです。非常事態が発生してから経験や勘に頼って対処方法を検討するということでは、重要な責務を担う建物においてその説明責任を果たすことはできません。本システムが、これからの建物管理のあり方を大きくかえていくことになると考えています。

システムを通じてどのような情報を得ることができるのでしょうか。

 私達は「建築コクピット」と呼んでおりますが、建物内に設けられる対応拠点に本システムが設置されることになります。システムのインターフェースは「被害状況確認モード」と「Building Continuity支援モード」から構成されています。重要執務空間が使えるのか使えないのか、建物を使ってよいのか、いけないのか、機能不全の原因がどこにあるのか、影響範囲はどこまで及ぶ恐れがあるのか、あとどの程度の時間、どのレベルで機能が維持できるのか、異常警報の意味するところは何なのか、今何をすべきなのか、何をしなくてはいけないのか。このような事項について、様々な計測情報と、人間による目視・点検結果に基づいて、建物管理者と意志決定者をシステム的に支援し、建物利用可能度のレベルを見極め判定するための支援システムとして設計しています(右図)。
 そして、「建築コクピット」のデータを記録するのが情報記録装置である「Building Security Recorder(BSR:ビルディング・セキュリティ・レコーダ)」です。これは、飛行機のフライトレコーダのように、施設管理者と現場のやり取りから、各設備の状態など、建物のすべての情報が時系列に沿ってリアルタイムで収録されることになります。人間の判断内容や指示、オペレーションの記録まで含めた非常時の建物の使われ方に関する一連の状況を取得し、その記録を元に事後検証や保険の査定、次の建築環境・設備計画に繋げていくという新しい試みです。

災害が発生したとき、対策を施しているビルと、していないビルとでは、被災後の復帰に要する労力と時間が格段に異なってくるわけですね。

 私達の研究では、「災害に強い」建築や都市とはどのようなことを意味するのか、そのことをあらためて問い直し定義することから始めました。地域社会が切実に求める災害に強い建築や都市とは、被害の最小化に加えて、被災から立ち直る回復力を備えた建築・都市です。組織や建物、都市が備えるべき本当の強さとは、困難な状況に負けないことであると考えています。困難な時期を乗り切り、乗り越える力、難局を乗り切る力を建築・都市が備えることが重要なのです。大災害に見舞われた時に、私達の組織や地域社会は、入念に防災対策を講じていたとしても程度の差こそあれ被害を受けることは避けられません。しかしながら、傷を負いながらも致命的な状況を回避し、厳しく困難な時期を何とか乗り切り、乗り越える力こそが重要となります。このことを「レジリエント」な姿と表現します。これまでの防災や減災対策で取り組まれていたように災害時の被害を最小限に留めるための対策に加えて、組織にとっての必要最小限の最重要機能を維持できること、そしてその上で迅速に立ち直る回復力を備えることが重要です。防災対策にはともすると時間の概念が抜け落ちてしまいがちであることに注意が必要です。発災後も状況は刻々と進行します。災害への対応は常に時間経過の中で考えることが重要です。災害発生後は時間が何より重要な資源となることを忘れてはならないと思っています(図3)。私達の本当の目標は、日常に近いレベルまで最終的に到達できることです。そして振り返ってみたときに、難局を乗り切ることが出来た、負けなかったといえることこそが重要です。それが困難な状況に負けない力であり、難局を乗り切る力です。