東北工業大学 工学部 建築学科 准教授 許雷先生インタビュー「災害時における安心・安全性向上のためのIFC活用方策研究」(第1回)


震度6の揺れで、研究室のなかは、さんざんな状態になっていたのではないですか。

 意外なことに、私の研究室には、机の上の文具やパソコンが多少移動したぐらいでこれといった被害がほとんどありませんでした。棚もそのままで、本一冊、落ちていませんでした。場所が地下2階(建物は斜面地に立てられた)だったからです。
  対して、最上階5階の教員研究室などは、パソコンは倒れる、本棚は崩れて入り口をふさいでいるといった状況でした。同じ建物でも、階数によって被害状況が異なり、各階毎の状況に対応したシミュレーションが必要だと感じたのです。

地震時の避難シミュレーションには、他にも多くの研究者が取り組んでいますが、先生の研究はどこに特徴があるのでしょうか。

 実は地震の際の人的被害で一番軽視されているのは、家具の転倒です。最近の高層マンションなどは、免震構造になっていますから、建物自体の損壊という意味ではまず大丈夫といえるレベルになってきています。
 余談ですが、私の研究室がある東北工業大学5号館の建物本体は、外付けブレースで耐震補強した“草分け”で、今回の地震で「構造上、ほとんど被害がない」として有名になりました。1978年の宮城県沖地震で被災したので、1979年に梁間方向にRCの耐震壁を増設、柱と腰壁の縁を切り、桁行き方向に鉄骨の外付けブレースを付けています。さらに2005年には建物内部にオイルダンパーを設置しました。今回の地震では、耐震壁にほんの少しの亀裂が入りましたが、今のところ構造にかかわる大きな被害は見つかっていません。

建物そのものの対策よりも、居室内の対策が遅れていると…。

 はい。高層マンションで、下層階の家具が転倒し、下層階の人の避難が遅れれば、その分、上層階の避難は遅れるでしょう。また下層階に書店が入っている貸しビルで、本棚が倒れ、避難経路をふさいでしまったとしたら、上層階の避難にも影響があります。

実際に2009年の静岡沖地震では耐震対策が徹底されていた地域にもかかわらず、崩れた書籍によって窒息死したと思われる事例が報告されています。

 私達の研究では家具の転倒から、建物全体の避難シミュレーションまでの連動を視野にいれ、最終的にはそれらの「見える化」を行うことを目標に調査・研究を行っています。これには複数のCAD・解析ソフトを使用していますが、IFCデータ化することにより、必要諸条件の抽出から、家具個別の挙動シミュレーション、見える化までが統合できるようになっています。
  一例を挙げますと現状の建築基準法によって建設された建物について、過去の地震時の建物挙動を整理した文献を参考にした、家具転倒シミュレーションがあります。そのシミュレーションでは、同じ間取りの部屋と仮定して、その部屋が10階建(中層)の10階、20階建(高層)の10階、40階建(超高層)の10階、などさまざまな条件である特定部分の比較を行っています。この条件で比較すると、同じ10階でも中層の最上階が危ないと一目でわかりますね。

 住民が入居前にこのようなデータを見られれば「フローリングなど滑りやすい上に家具をおいたら、どうなるのか」が一目瞭然なので、自発的に絨毯をひいたり、留め具で固定したりするでしょう。対策後の変化もシミュレーションで確認できるので、安心できます。

この部屋と同じ間取りで、実際に家具が倒れた場合に、住民の避難時間にどのような変化があったのかは、シミュレーションされたのですか。

 はい。図をご覧いただくとわかるように、平時の避難状況に比べ、家具転倒・移動後、もっとも早い避難者に対して、歩行時間が5秒長くなっており、避難終了までは7秒長くなります。これは家具の移動・転倒によるものと確認できました。

IFCを活用すれば、このようなシミュレーションが行えることはよくわかりましたが、
これはあくまでもシミュレーションに過ぎず、実測ではありません。実測との比較検証は行われたのでしょうか。

 もちろんです。この研究の一環として、火災避難解析ソフトウエアであるFDSを使用し、場所を東北工業大学9号館、3階の教室に設定。避難経路は、教室から廊下に出て、階段で2階に下り、さらに2階から1階まで階段を下りると出口になるというルートです。
  教室の面積は267m2、廊下面積は91m2、避難者数87名です。ほかにもドアの開口部や階段幅、出口幅を実際とおなじ寸法にコンピュータ上に設定し、教室を出終わる時間、教室から階段までの時間、出口を出る時間を計測しました。ちなみに表のなかにある「ルートB」とは、日本の避難安全検証法で採用される方式であり、家具の存在は考慮されていません。