東北工業大学 工学部 建築学科 准教授 許雷先生インタビュー「災害時における安心・安全性向上のためのIFC活用方策研究」(第1回)

この数十年で、デジタル化が一気に進んだ建築業界。しかし、意外なことに意匠・構造・設備、それぞれ専門のソフトウエアによって設計がなされており、効果的なデータの相互利用が行われていません。そのため、東日本大震災など想定外の規模の災害が起こった場合「安全・安心を確保するため、どのような対策が必要となるのか」の議論がいまだ不十分という現実があります。許雷先生は、建築業界の国際フォーマットBIMの専門家。その専門知識を活用した「地震時の避難シミュレーション」など最新の研究成果について、お話をお伺いしてきました。

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1998年1月、中国同済大学大学院熱エネルギー学科修士課程修了。
2000年1月、来日し4月早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程(建設工学専攻)に進学。
2003年3月、早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了(建設工学専攻)、博士(工学)。その後、早稲田大学理工学総合研究所助手、講師を経て、2007年4月東北工業大学建築学科講師、2011年より准教授。

先生のご専門についてお教えください。

 私の専門は建築設備、環境工学です。出身は中国で、修士までは空調設備、熱源機器を専門にしていました。もともと「海外に留学したい」と希望しており、日本の省エネルギー技術に憧れ、指導教官の勧めもあり、日本への留学を決めました。
  中国では、あくまでもデザインされた設計図に従い、それに最適な空調設備を提案するだけでしたが、日本なら「そのデザインには、無理がある。快適な空調を実現するデザインはこうなる」というように、意匠設計と設備設計を統合するような、専門家ならではの“逆提案”ができるのではないか、と期待していました。

実際に日本に来られ、博士課程を終えられた後は、どう思われましたか。 

 建築学を総合的に勉強できると聞いて日本にやってきましたが、実際の建築現場で、不合理なことに気が付きました。それは、建築情報の共有体制です。意匠設計者からもらった図面データはそのまま、設備設計のものが活用できる形式になっていないケースが多く、改めてもう一度、自分が使っているソフトに必要な情報を入力したり、加工したりする手間がかかることです。たとえば建築の設計に使われるCAD(キャド:computer aided design=コンピュータを利用して機械、各種建築物、電子回路など、設計を行うシステムの総称)にも、意匠設計CAD、設備設計CAD、施工図CADなどがありますが、それぞれ微妙なところで違いがあり、データの相互利用が進んでいませんでした。
  また、私が日本に来たのは、阪神淡路大震災から5年ほどのことで、大地震に対する対策研究がもっとすすんでいなければならないのに、意匠、構造、設備のそれぞれの分野において、使用する規格やソフトが違うため、同じテーブルについて、議論を行うのさえ、むずかしいという現実があったのです。

この数十年で、建築業界では手書き図面がほとんどなくなりデジタル化がすすんだ一方で、統一の規格がなかったということですか。

 はい。そのころ欧米にて「設計品質の向上をすすめよう」という理念のもと開発された、建築情報モデルBIMとそのフォーマット規格のIFCがあることを知りました。これらをうまく活用すれば、建築における多数の関係者の情報共有が可能になります。また、活用して研究をすすめていけば、さまざまなシミュレーションを行えるのではないかと考えたのです。

  たとえば、私はいま仙台市内のマンションに住んでいますが、どのような構造で、どれくらいの地震に耐えられるのかを知りません。住むところを探すとき紹介業者から「駅から5分」「南向き」といったことばかりが選択要素として提示され、いざ災害が起こったときにどのような安全装置が働いたり、避難経路が確保できているか、ということは説明されませんでした。しかしBIMが実現すれば、設計者や施工者だけではなく住民を含め、建物ライフサイクル全般にかかわるさまざまな関係者がより有機的に結びつけられるため、建築以前、以後にかかわらず、関係者間のコミュニケーションが活性化します。

BIMとIFCについて詳しく教えてください。

 BIM はBuilding Information Modelingの略で、3次元建物情報モデルを軸として建物ライフサイクルにかかわるさまざまな情報が有機的に行われるプロセスです。3次元建物情報モデルとは、壁・柱・窓のような建築要素、空調・電気・衛生機器のような設備要素、鉄骨・鉄筋のような構造要素、それら要素の寸法・面積・体積や仕様、コスト、スケジュール、維持管理情報などのさまざまな属性を含んだオブジェクトデータの集合です。
  IFCはIndustry Foundation Classesの略で、BIMデータの標準フォーマットです。1996年から国際標準化がすすめられており、2013年3月21日にISO16739として認定されました。
  18年前に発売されたウインドウズ95は、コンピュータ業界に革命をもたらし、一般社会にまで大きな影響を与えました。今まさに建築業界では、BIMが登場し、同じ役割を演じようとしているわけです。

わかりました。現状のコンピュータ業界に当てはめると、ウインドウズというOSに対応するのがBIMであり、その上で動くソフトウエア、たとえばワードだとdocというフォーマットになるわけですが、そのdocにあたるのがIFCというわけですね。

  厳密には違いますが、一般の方にはそうご理解いただいて、問題はありません。私たちもワード、エクセル、エクスプローラといった個別のソフトを使用しますが、学会で発表するときには、それらのデータをパワーポイント上に統合して使用します。そういうイメージですね。
  IFCを使用すれば、設計者、施工者、管理者がべつべつに利用しているソフトウエアが統一的に作動可能なIFCプラットフォームを構築できるので、そこで安全安心面での検証、たとえば、地震による構造体の被害と仕上げ材落下や、家具の転倒を同時にシミュレーションし、また火災の発生・煙の拡大と避難状況を同時にシミュレーションして利用者の避難誘導が可能になるなど「災害の見える化」が図れるようになるのです。

許先生の今回のご研究の具体的成果として、IFCを使用した「地震時避難シミュレーション」があります。これについて詳しく教えてもらえますか。

 これをはじめたのは、私自身の経験がキッカケです。セコム科学技術振興財団に研究の助成申請をおこなったのが2010年で、予備研究が終わった直後の2011年3月に東日本大震災が発生しました。学外に会議が予定されていたため、地震発生時には、仙台のアーケード通りを歩いていました。私自身は無事だったのですが、大学から出る前に、ある学生の論文をチェックして、その学生に直してから投稿するように指示して大学を出ました。そこで、学生の安否が気になりもう一度、研究室まで向かったのです。普段なら自家用車で15分もあれば到着できるのに、90分もかかりました。災害時に車を使用するのはよくないですね。