東京大学地震研究所災害科学系研究部門 准教授 楠浩一先生インタビュー「安全・安心のための即時耐震性能判定装置の開発」(第1回)

短時間で判断ができて、建物の継続使用の可否を明確に提示できるシステムということですね。先生のご研究ではセンサを使っていますが、それは何を測定しているのですか。

 加速度です。順番に説明していきます。
 薄いプラスチックの定規や下敷きを振ると、左右に大きく揺れますよね。釣竿も上手く振れば大きくしなって、遠くまで届きます。それは定規や下敷き、釣竿の素材の周期と、振った力の周期がぴったり合うためです。
 同様に建物も、地震の周期と建物の周期が合うと、大きく揺れます。そのとき柱にヒビが入ったりすると、建物はそのぶん柔らかくなるので、揺れの周期が長くなります。つまり、通常の周期よりも長い周期で揺れている建物は、壊れている建物ということです。
 また2000年に建築基準法が改正されて、設計法に限界耐力計算が導入されました。その建築物がどれほどの地震力に耐えられるかを計算し、その値を基準に設計することが義務付けられたのです。これを応用して、建物に設置した加速度センサの値から限界耐力計算と似たような計算ができれば、損傷の程度を自動的に算出できるのではないかと思いつきました。

建築基準法で定められた周期と、地震時の周期を比較して、地震で建物がどれくらい壊れたかを計るということですか。

 そうです。変位の算出方法のひとつに「加速度を2階積分する」というやり方があります。しかしセンサで加速度を測定すると、どうしても電気のノイズが入ってしまいます。そのため「加速度から変位を算出することは、現実的には不可能」ということが、建築分野の『常識』でした。
 私は何とかこの問題を解決できないか、試行錯誤しました。ある日、1冊の本を見つけました。観測記録を「ノイズ」と「ノイズではない成分」に分ける『Wavelet分解』について書かれた本です。現在はテレビの映像データを伝送するために、データサイズを小さくする手法の一つとして使われているようですが、昔はフランス人が石油を掘り当てようとして、人工的に爆発させた地震波の解析に使っていたそうです。これは応用できるのではないか、とひらめきました。
 ちょうどそのとき、建築研究所からカリフォルニア州立大学のサンディエゴ校への派遣が決まりました。日本よりもまとまった時間がとれるようになったので、Wavelet分解を導入した建物観測用のシステムを開発しました。すると、積分をしても問題なく変位を算出できるようになったのです。

ブレイクスルーが実現したのですね。そのシステムを搭載したハードは、もう開発されているのですか。

 はい。コンセプトは3つありました。「危険度の判断が明確」「日本で一番多い木造建築に設置する」、そして誰でも導入しやすいように「設置が簡単で価格が5万円程度」です。
 この条件での開発に手を上げてくれたのが、あるベンチャー企業でした。すぐに試作品を作ってくださり、現在ではほとんど実用に近い段階まで進んでいます。ここまでスピーディーに研究が進行したのは、建築構造の研究者だけではなく、ネットワークやセンサ開発の人たちに協力していただいたお陰です。