東京大学地震研究所災害科学系研究部門 准教授 楠浩一先生インタビュー「安全・安心のための即時耐震性能判定装置の開発」(第1回)

 近年建築された建物は、免震・耐震・制震など、さまざまな地震対策が施されています。また既存の建築物でも、耐震補強工事による地震への備えが推し進められています。
 しかし熊本地震では多くの建物が倒壊しました。倒れていない建物でも、壁や柱にヒビなどが入ると、専門家でない限り「壊れているのか、そうでないのか」が分かりません。安全性の確証が得られなければ建物の継続使用に踏み切れず、避難所での生活が長引いたり、事業再開のメドが立たずに復興が遅れたりしてしまいます。
 そこで今回は、大地震で被災した建物の安全性の判定方法について、東京大学地震研究所の楠先生にお話を伺います。

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1997年東京大学大学院博士課程修了。東京大学生産技術研究所の助手、国土交通省建築研究所の研究員を経て、2000年には独立行政法人建築研究所主任研究員に就任。米国カリフォルニア大学サンディエゴ校に1年間派遣された後、2006年に横浜国立大学大学院に異動、工学研究院准教授となる。2014年より東京大学地震研究所の災害科学系研究部門に所属、現在に至る。主な研究テーマは、構造物のヘルスモニタリング、鉄筋コンクリート系構造の構造性能に関する実験的研究、地震被災地域の被害調査など。


先生が地震防災のご研究を始められたきっかけについて、教えて下さい。

 祖父が大工だったので、子どものころから建築に興味がありました。生まれ育ったのは神戸市ですが、大学は東京大学に入学して、鉄筋コンクリート構造の研究室に入りました。
 そこで大学院の先輩とペアになり、さまざまな条件の柱に力をかけて壊れるまでのデータを取る実験を繰り返していたのですが、あるとき先輩から「地震で建物が壊れるときは、少し違うんだよ」と言われたことが気になり、ダイナミックの実験に興味が湧きました。すでに就職活動をして内定も出ていたのですが、大学院を受験して東京大学生産技術研究所に入ったのです。

天井工法のご研究をされている川口健一先生が、いま所属されている研究所ですね。

 そうです。当時は岡田恒男先生が応急危険度判定の開発に取り組んでおられました。地震直後の建物の被災状態を素早く判断して、余震による二次被害の発生を軽減する方法です。
 その後、1995年に阪神・淡路大震災が起こりました。私が住んでいたのは高速道路が横転したあたりですが、幸い家族はみな無事でした。神戸に戻ると、すぐに「私の家が大丈夫か見てほしい」「うちの事務所を調べてほしい」とあちこちから声をかけられました。調べてみると、多くは「多少の損傷があるが危険はない」状態でした。

損傷が軽いと分かれば、避難する必要はありませんね。

 ところが倒壊の危険性が低くても、避難所に向かう人はたくさんいました。柱にヒビが入っているのを見ると、どうしても不安になるからです。
 そのとき思ったことが、2つあります。
 ひとつは、応急危険度判定は全世界で活用されている素晴らしい手法ですが、目視のみで判断しなければいけないケースは、時間がかかるということです。
 もうひとつは、壊れていない建物を「壊れていません、安全です」と、確かな根拠をもって報告し、被災者を安心させることが、ひじょうに大切だということです。
 大きな地震が起きた場所では、専門家が建物の安全性を調査した後、危険度を表す紙を貼り付けます。赤い紙は『危険』、黄色い紙は『要注意』、青い紙は『調査済(安全)』です。
 実はどの震災でも、最も多い判定は『要注意』でした。なぜなら、専門家であっても「安全とは言い切れないけれど、危険というほどでもない」という建物は、短時間で判断できません。しかし調査すべき対象があまりに多いため、安全性をはっきりさせるために綿密な調査をする時間はありません。その結果、ほとんどが『要注意』判定になってしまうというわけです。そこで『安全』か『危険』か、どちらかの判定しか出さないシステムを作らなければいけないと思いました。