大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授 黒崎知博先生インタビュー「インフルエンザ万能ワクチン開発」(第2回)

そういえば、抗がん剤ではなく「抗体医薬品」を使ったがん治療の話を聞いたことがあります。

 私たちの体にはさまざまな防衛機能が備わっていますが、そのなかで病原体のアミノ酸の配列を正確に認識し、その病原体に感染した細胞だけを狙って攻撃できるのは、キラーT細胞と抗体だけです。
 抗体医薬品を使った治療は「特定の病原体のみを攻撃し、その他の細胞は傷つけない」という抗体の特性を利用した治療法で、高い効果と副作用の少なさが注目され、がんや関節リウマチなどの治療に導入され始めています。
 ただし、投与した抗体は1カ月くらいで体の中から消えてしまうため、何度も治療を受けなければいけません。徐々に抗体持続期間が伸びているため、この課題は今後解消されると思いますが、今はまだ、患者さんの経済的負担が大きいというデメリットがあります。

しかも病原体が変異してしまったら、その抗体も効かなくなる可能性があるのですね。

 ウイルスや細菌は生物ですから、大きな環境変化が起こっても絶滅しないように、常に変異しています。今は効果があると言われている薬やワクチンが、病原体の変異によって突然効かなくなるという危険は常にあります。
 人間のT細胞とB細胞の抗原認識受容体は約1000億種類あると言われているため、私たちの体には約1000億種類の病原体を撃退する力が備わっています。これは裏を返せば、それ以外の物質が侵入してきたときは、それが病原菌であるということすら認識できずに病に侵されてしまうということです。
 それでも私たち人間が今日まで絶滅せずに生き延びているのは、B細胞が活性化して増殖するとき、抗原認識受容体の抗原結合部位に突然変異が起こるからです。

なぜ、そのような突然変異が起こるのですか?

 合い鍵をつくるとき、仕上げにしっかりとヤスリがけをして、鍵と鍵穴がぴったりと合う状態にしなければ、その鍵は使いものになりません。抗原認識受容体も、抗原にぴったりと結合しなければ、効果がある抗体を作ることができません。そのためB細胞は増殖するとき、抗原結合部位の形を少しだけ調整して、バラエティーに富んだ抗原認識受容体を用意しているのです。
 今、エイズウイルスに効果がある抗体が100種類見つかっています。その抗体の構造は、私たちがもともと持っている1000億種類のどれにも当てはまらない、突然変異の抗体です。私たちは生まれながらに持っている免疫機能に加えて、B細胞が起こす突然変異によって守られているのです。

私たちが生き延びるために、B細胞と抗体は日々進化しているということですね。それでは最後に、研究助成への応募を考えている若手研究者や財団へのメッセージをお願いします。

 研究助成を申し込むときは、どうしても「実用化の可能性が高い研究内容を」と考えてしまいがちです。そのため多くの研究者が「できそうなこと」を「できるようにする」研究ばかり行っています。
 しかし私たちに、いま社会から求められてることは「できないこと」を「できるかもしれない」状態にするための研究だと私は考えています。とくに基礎研究は多様性が大事です。助成の審査を行う先生方には、ぜひ、若い研究者が失敗を恐れずにのびのびと研究できるようなアドバイスやサポートをしていただければと思います。

インフルエンザだけではない、万能ワクチンが社会にもたらす可能性の大きさに、感動いたしました。ご研究の進展をお祈りしております。長時間のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。