大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任教授 黒崎知博先生インタビュー「インフルエンザ万能ワクチン開発」(第1回)


抗体を作るのがB細胞、そのなかでも抗体の作り方を記憶しておくのがメモリーB細胞ということですか。抗体や、抗体ができる仕組みについて、もう少し詳しく教えていただけますか。

 人間の体には、2つの免疫システムが存在します。ひとつは『自然免疫』、もうひとつは『獲得免疫』です。
 体内に病原体が侵入すると、まず、白血球の一種である『食細胞』がその病原体を食べます。食細胞は病原体を食べると活性化し、情報伝達物質を出して仲間の免疫細胞を呼び寄せたり、周囲の食細胞を活性化させたりします。すると、病原体が侵入してきた場所には多くの食細胞が集まり、活性化して、どんどん病原体を食べていきます。この時点では、まだ抗体はできていません。このシステムを『自然免疫』といいます。

皮膚が切れたり、すりむいたりしたときに、傷口から入ってきた雑菌などを白血球が攻撃して体を守ってくれるイメージですね。では『獲得免疫』とは、どのようなシステムですか。

 自然免疫だけでは病原体を撃退できない場合、『獲得免疫』システムが働きます。
 食細胞の中には『樹状細胞』という細胞があります。樹状細胞は食べた病原体をペプチド(タンパク質の断片)に分解して自らの表面に提示し、「このようなペプチドを持つ病原体が体に侵入してきた」と、他の免疫細胞に教えます。これを抗原提示といいます。
 その情報を受け取るのは、T細胞です。T細胞には、2つの種類があります。ひとつは、病原体に感染した細胞を殺す『キラーT細胞』、もうひとつは、他の免疫細胞を活性化させる『ヘルパーT細胞』です。
 ヘルパーT細胞は、マクロファージ(食細胞)とB細胞を活性化させます。活性化することで、マクロファージは消化・殺菌能力が向上し、B細胞は増殖してプラズマ細胞という抗体産生細胞になります。このとき、増殖したB細胞の一部がメモリーB細胞になります。また、ヘルパーT細胞はキラーT細胞の活性化も助けます。
自然免疫と獲得免疫

病原体を食べるのが食細胞、抗原提示を受けて病原体に感染した細胞を殺すのがキラーT細胞ですね。「抗原抗体反応」という言葉をよく聞きますが、B細胞から生まれた抗体はどのような働きをするのですか。

 抗体はアルファベットの「Y」の形をしており、頭の部分で抗原と結合して、主に次のような3つの働きをします。
 第一に、細菌等が持つ毒素の性質を変化させて、無毒化します。
 第二に、ウイルスに結合して細胞内への侵入を防ぎます。ウイルスは私たちの細胞を使って増殖するので、細胞に侵入されなければ増えることはなく、食細胞に食べられて消化されます。
 第三に、「Y」の頭の部分で抗原と結合し、根元の部分で食細胞と結合して、間接的に抗原と食細胞を結合させることで食細胞の活性化を促進します。

抗体がウイルスの働きを抑えて、他の免疫細胞が最終処理をする、という役割分担があるのですね。

 自然免疫は病原体だけではなく、私たちの細胞の死骸や老廃物等いろいろなものを食べることで、病気から体を守っています。いっぽう獲得免疫は、病原体を分解したペプチドを元にターゲットを定めて働きます。
 たとえばインフルエンザのワクチンは、おたふくかぜには効きません。おたふくかぜのワクチンは、インフルエンザに効きません。自分自身の健全な細胞を間違って攻撃しないよう、何重にもチェック機能が働いて、特定の病原体(抗原)にのみ効果を発揮するようになっているのです。