東京大学 生産技術研究所 教授 川口健一先生インタビュー「真に安全安心な公共空間のための天井工法と天井の安全性評価法の開発」(第1回)

建物の大地震への対策となると、まず「構造」がしっかりとしているかどうかという、耐震基準の話ばかりになります。では、耐震基準を強化することで、人の生命を救えるかといえば、事はそう単純な話ではありません。東日本大震災の際、「構造」に問題はないのにもかかわらず、さまざまな場所で「天井」が崩落し、人々が死傷するという、いたましい事故が相次ぎました。なかでも千代田区の九段会館では、2人が死亡、26人が重軽傷を負ったのは記憶に新しいところです。天井崩落について、以前からその危険性を指摘し、警鐘を鳴らし続けてきた東京大学生産技術研究所教授・川口健一先生にお話をお伺いしてきました。

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1962年東京生まれ。1985年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1991年東京大学大学院建築学博士課程修了。工学博士。1993年英国インペリアルカレッジ及びケンブリッジ大学工学部客員博士。
軽量空間構造、大規模集客施設の安全性、膜構造などの張力構造、可動式・展開型構造物などを研究。2001年世界初のテンセグリティドーム「ホワイトライノ」の構造設計。2004年日本膜構造協会論文賞、2008年日本免震構造協会技術賞(特別賞)、2012年日本建築学会賞(論文賞)等を受賞。

先生のご専門についてお教えください。

  専門は、建築学の構造系に属する「空間構造」です。普通構造系と言うと「鉄骨が専門です」「木造が専門です」というように、材料で専門分野を限定する場合が多いのですが、私の専門は材料ではなく、「3次元的な発想を活用してより豊かな空間を実現するための構造を研究する」というように表現しています。材料は特に限定していません。むしろ21世紀は分野の壁にとらわれないことが大事、と思っています。
  空間構造をわかりやすく言い換えるとするなら「立体構造」という言葉が近いです。3次元的なアプローチによって、より軽くて強い構造ができたり、曲面の美しい構造をデザインしたり、可動式の骨組みが可能になったり、様々な良いことがあります。大きな体育館やスタジアムの屋根のようなものを想像してくださればイメージが掴みやすいかもしれません。海外では、ライトウェイトスラクチャー(Light Weight Structure)といわれています。ライトウェイトストラクチャーの考え方は建築だけでなく様々な分野で役に立っています。
  従来型の鉄骨や鉄筋コンクリートを使用し、ビルの耐震性を上げることをめざす研究者は多いと思いますが、私の場合は、それらとはまったく違ったアプローチで、より強く、より軽く、より豊かな建築空間をつくりだそうとする研究をしています。

先日テレビを見ていたら、ある科学番組にて「超軽量なのに強度抜群の構造体」などが登場していましたが、ああいったご研究でしょうか。

  あの番組には、当研究所の同僚である新野俊樹先生がスタジオに出演されていましたが(参考ページ)、実は私にもあの番組から協力依頼がありました。ただ、取材依頼のあった内容は、民間企業との共同研究であり、守秘義務のあるテーマだったので、お断りしました。

何かサンプルをお見せいただけませんか。

  共同研究の内容とは異なりますが、別の面白いものをお見せします。写真(左・中央)は、ガンテスモデルと呼ばれている展開型の構造モデルです。小さく束になった骨組みをドーム状に瞬時に広げたり畳んだりできます。ある一定の力を加え続けると、パッと変化します。このような構造は人里離れたところに、居住空間が必要な場合に、最小の労力でパッとドーム空間を作ることができます。災害の際の避難所づくりなどにも役立つはずです。また、小さく折りたためるという特性を利用して宇宙空間で利用するという案もあります。私の研究室で発信しているものとしては、一番右の写真のものもあります。これはテトラ型の展開構造であり、頴原正美さんという研究員の方のアイディアが元になっているのでエバラテトラと名づけ(写真右)、特許も取得しているものです。さきほどのガンテスモデル同様、小さく折りたためますが、強度もあるため、さまざまな分野で利用がすすむことを期待しています。

そのようなご専門が今回の研究テーマにつながった背景は何でしょうか。

  18年前の阪神淡路大震災です。空間構造の分野は、軽くて強い骨組みを使用している建築物が対象になりますから、大きな体育館やホールの屋根構造ということになります。そこで、それらの構造物が震災によって、どのような被害を受けたのかを現地調査に入ったわけです。意外なことに、あれだけの揺れを受けても、ほんの少し欠けた、壊れたといった程度で、大きな被害はほとんどありませんでした。

大地震にかかわらず被害が少ない建築物があるとは意外ですね。

  地震というのは「重たいもの」ほどよく影響を受けます。同じ容積でも、重たい床を何階にも積み上げた一般のオフィスビルに比べて、体育館やホールなどは、中身ががらんどうですから、ほとんど地震の影響を受けません。いっぽうで不思議な事実に気がつきました。というのは、外観はまったく被害がないのに、避難所として使用できないものが多数あったのです。中に入ってみて、その理由がわかりました。天井や照明器具が落ちていたのです。

体育館やホールは、天井が少しでも損傷すると、余震でさらに落下が広がるという二次被害も出ますから、怖くて使えませんね。

  私の阪神大震災の調査では天井のない体育館やホールも含めた割合で、全体の1/5の天井が落ちていました。天井は壊れていなくても、照明器具やスピーカーが落ちたり、ぶらさがっていたりして、使用不可になっているところを合わせれば、全体の1/3ほどに達していたと思います。
  ですが、他の研究者は「構造が壊れていないから大丈夫」と言うように感想を述べ合っており、大きな違和感を感じたのです。「建築構造」の第一の目的は人命を守ることなのです。骨組みが壊れないことは、最低限の性能に過ぎません。阪神淡路大震災は早朝に発生したため、体育館やホールのような場所にいる人がほとんどいなかったからよかったものの、昼間や夕方だったら、死傷者の数は格段に増えていたでしょう。それ以来「体育館やホールのような軽くて大きな建築物には、耐震補強よりも天井からの落下物の安全対策が重要だ」と言い続けてきましたが、なかなか公の耳目を集めるところまで関心が喚起されませんでした。専門家も構造骨組みの耐震補強ブームに乗っかって、耐震許認可団体でのお小遣い稼ぎに明け暮れていました。