徳島大学大学院 ソシオテクノサイエンス研究部准教授 河田佳樹先生インタビュー「アスベスト曝露疾患の計算機支援画像診断の創出と臨床応用」


つまりこのような危機を脱するためには、数十万人規模の人々に健康診断を受けてもらい、医師が検診していく必要が生じるわけですね。大丈夫でしょうか。

 通常、アスベスト関連疾患の検診では、レントゲン写真・血液検査・問診などが用いられますが、やはりCTが胸部検診では有力だと思います。いまCTで標準的に採用されている画像は、スライス厚10mmのものが広く用いられます。ですが、これでは大きくなったもの、治癒が難しいものしか見つけられません。治療可能な部位を早期発見するためにはスライス厚1mmの高精度なCT検診が必要です。
  1日20人の方がこのレベルで2回、定期的な検診を受けると仮定しますと、その画像データは18000枚(9GB)程度になります。1日20人の検診数で1年間200日ほど稼働できると360万枚(1・8TB)となります。現場の医師が、このような大量のCT画像を丹念に読み込んでいくのは、おっしゃるように物理的に困難なことが予想されます。
  これでは、検診だけに多くの時間を割かれ医師の負担はかなりのものになってしまいます。ただでさえ医師不足が叫ばれる昨今、これ以上医療の現場を混乱に陥れないためにも、医師の読影をコンピュータの力でサポートするというシステムの登場が待たれている、というわけです。

スライス厚10mm、1mmの画像の解像度違いというのはどの程度のものなのでしょうか。

 写真をみくらべると一目瞭然です。この画像はアスベスト関連疾患の症状の方の一例で、胸膜付近に異常の候補と思われる領域がありますが(矢印付近)、10mm厚の画像では、ぼやけて認知できません。やはり現場で実際に使える診断支援のCT画像であるならば、スライス厚1㎜が望ましいのです。

図 CT画像の比較(左:スライス厚10mm.右:スライス厚1mm)


 この診断支援システムにどうしてもかかせないのが医療機関との共同作業です。このような画像データを提供してもらうと同時に、それに必要な医学の専門知識の両方を教えてもらわねばなりません。そのため、本研究ではまず、研究協力をお願いしている医療施設の倫理審査委員会の承認を受け、データ提供者の個人情報を守るため、匿名化処理をほどこしたデータベースの構築を目指しました。
  つぎに、患者さんの画像に中皮腫やアスベスト暴露肺がんがどのように写っているのかを調べ、画像上の所見を数値化するアプローチにとり組みました。そこでわかったことは、アスベスト曝露による“アスベスト肺がん”の画像所見が、これまで私たちが十数年、普段の研究で取り組んできた“通常の肺がん”のCT画像所見と大きく違わないということです。これまでの研究方法や成果が使用できるのです。


そこで、計算機側があらかじめ、異常な部位の可能性があるところに、医師に注意を促すマーキングをするなどのサポートを行うわけですね。

  がんの専門医が一人当たりの画像をすべてチェックするのに、数分間ほどかかるそうですが、支援システムのコンピュータは寝ずに動けます。何十人かの分を、医師が病院から自宅に帰って翌朝出勤してくるまでの間に解析を済ませておくことができるというわけです。さらに、現在コンピュータ速度をあげるために、計算機のなかでの並列アプローチ処理や高速化のためのCPUも開発されますから、今後はさらなる高速化も期待できます。
 とはいえ、コンピュータはあくまでもコンピュータ。医師の完全な肩代わりを担うレベルにはなりえません。しかし、マークや音などで注意をかけ、異常な陰影があれば、どのくらいのレベルなのかを調べることはできます。

このシステムを臨床現場で使っていただくためにさまざまな工夫を施しているそうですね。

 人間工学に基づいたユーザーインターフェイスとして、研究協力をお願いしている先生方にご指導を仰ぎながらプロトタイプのシステムを構築しました。診断レポートの入力や管理機能も備えています。
  図をご覧ください。計算機側で異常部位を測定し、表示させているのがお分かりいただけると思います。赤い部分はアスベスト肺がんの候補となる陰影です。青い部分は胸水や胸膜に異常の陰影があることを示しています。緑の部分は肺気腫の疑いの強い部分です。肺気腫はアスベスト関連疾患ではありませんが、CTの画像上で正常構造のものと比べると画像濃度が下がってくるので、そこを拾いあげています。このようなシステム化をさらに推し進め、臨床現場にこのような情報を提供することによって、現場の医師の診断にどれだけプラスアルファになるのかという評価を現在進めているところです。

図 プロトタイプシステムの適用例

世界を見渡しても、アスベストに関しての画像診断システムが少なく、他の研究者が取り組まないのはなぜですか?

 最も大きな理由は、CTの解像度の低さだったと思います。10年ほど前、私たちが研究をすすめていた当時の平均的なCTの体軸方向の分解度は今よりもかなり低かったこともあり、アスベストの画像診断システムはあまり注目されてなかったのでしょう。しかし、仁木教授のもとで、肺がんCT検診の計算機支援診断システムの開発に取り組んでいくうちに、CTイメージング技術の進歩により画像の解像度のレベルもあがり、現在のような画像を撮影することが可能になりました。