徳島大学大学院 ソシオテクノサイエンス研究部准教授 河田佳樹先生インタビュー「アスベスト曝露疾患の計算機支援画像診断の創出と臨床応用」

 日本では“石綿”と呼ばれるアスベスト。繊維状に加工でき、さまざまな環境要因に対して耐性が強いことから、建設資材、電気製品、自動車、家庭用品等、はては小学校での理科の実験にまで用いられてきましたが、その万能性の反面、肺がんや中皮腫を引き起こすことがわかりました。その結果、長い年月をかけて発症し、それまで自覚症状がでないため早期発見が難しく「静かな時限爆弾」と呼ばれ怖れられています。河田佳樹先生は約20年にわたるCT画像処理の研究成果を活かし、アスベスト関連疾患の早期発見をサポートする、画期的な画像診断システムの開発に携わってこられた研究者です。その研究成果とプロセス、今後発展を目指される方向性についてお話をお伺いしてきました。

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 1995年徳島大学大学院工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。現在、同大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部准教授。医用イメージング、コンピュータ支援診断に関する研究に従事。


河田先生が研究生活をスタートされたのはいつ頃からですか。

 私は徳島大学工学部の出身で、学部時代から今の仁木登教授のもとで指導をうけていました。修士課程を終えたとき、まだ博士課程のコースが設置されていなかったので、いったん工業高校で2年ほど教師をしていました。その後、やっと大学に博士課程ができたので再び仁木教授のもとで指導を受け、研究をはじめさせてもらうことができたというわけです。

 医学系の画像解析を手掛けられるようになったのは学部4年生時に、卒業研究のテーマとして選択して以来です。最初はMRIを使った頭部の二次元の脳血管画像を三次元に再構成するという研究からスタートしました。博士課程のときには画像の再構成法のみを研究するのではなく、再構成した画像からいかにして病気の原因をみつけやすくするかという、より高度なテーマを与えられ、取り組んできました。


アスベスト関連疾患の研究をすすめられたきっかけは?

 そもそもアスベストというのは、天然の蛇紋石や角閃石を繊維状に加工したもので、熱や摩擦、酸やアルカリにも強く、建築資材や産業機械、化学設備などに幅広く利用されたことから「奇跡の鉱物」と呼ばれていたことは周知の通りです。ですが、その直径は0・02〜0・06ミクロンであり、これは髪の毛の5000分の1という非常に細かなものであるため、肺の奥深くまで吸い込まれ沈殿してしまいます。これにより、肺繊維症、悪性中皮腫、肺がんなどを引き起こしてしまうのです。

アスベストの危険性というのは、戦前のドイツなどでも指摘されていたようですが…

 第二次世界大戦後の経済発展時には、世界中で効率性が優先され、戦前戦中の研究は無視されるような風潮になっていたのでしょう。1960年代になってやっとその危険性が省みられるようになり、日本では1975年になってはじめて、工事現場などで職人がアスベストを壁に吹き付ける行為が禁止されるようになりました。とはいえ規制値自体が甘かったので、1988年頃までは行われていたのが実状です。

そして2005年には、いわゆる“クボタ・ショック”が起こります。

 兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場の従業員74名がアスベスト関連病で死亡していたこと、工場の周囲に住み中皮腫で治療中の患者3名に見舞金を出すことが報じられた事件ですね。直接的には、このニュースをテレビで見ていて、今取り組んでいる画像診断支援の技術が少しでもお役に立てられる可能性はないのだろうか、と思ったことが本研究に取り組んだ直接のキッカケとなります。


不思議に思うのは、1975年頃から一定の規制がなされているのに、社会的な大きな問題になってくるまで時間がかかりすぎていることです。

  表を見てください。アスベストの輸入量が戦後急速に上がってきているのがわかります。輸入量のカーブと中皮腫での死亡数のカーブが、期間をおいてひじょうによく似た形を描いています。潜伏期間が長く、保有者に自覚症状がでるまでにかなり時間を要するということを意味します。これがアスベスト関連疾患の怖いところで「静かな時限爆弾」と呼ばれる所以です。吸ってすぐ発症するのではなく、短くて10年、長いものでは40年後に発症してくるのです。
 アスベスト関連疾患が怖いのは、その潜伏期間の長さだけではありません。自覚症状が出てきた段階ではすでに手遅れになっていることです。中皮腫の場合、いくら治療をほどこしても生存期間は平均で一年前後だと専門医からは聞いています。
 さらに、アスベスト曝露をされた方で、なおかつ喫煙歴がある方は通常の肺がんになる確率より約50倍ほどがんになるリスクが高まります。これらの状況を考慮にいれると2030年あたりには約10万人の方がアスベスト関連疾患で亡くなるというが予想されています。

図 アスベスト輸入量と中皮腫死亡者数(財務省貿易統計,厚生労働省人口動態統計より)