東京医科歯科大学整形外科講師 川端茂徳先生インタビュー記事「超伝導磁気センサーを用いた革新的な非侵襲的脊髄機能診断装置の開発」


その後も改良を続けていかれましたが、その際の大きなポイントを教えてください。

  脊髄の磁界をとらえることには、成功しましたが、これは単なる磁界の波形をとらえたにすぎません。波形だけでは神経のどこの機能が悪いのか分かりにくいため神経機能診断法としては普及させられません。診断に直結させるために、測定された磁場から、元になる電流を計算し、障害部位を映像で特定できるようにしました。その技術面を担当したのが、首都大学東京教授の関原謙介先生です。先生は、空間フィルター法というアルゴリズムを用い、一般の医師や患者がパッとみてわかるレベルにまで映像を再構成、可視化することに成功しました。
  2008年から頚髄症の患者さん41例に対して、脊髄磁界の測定を行いました。98%の患者さんから磁界の記録に成功し、93%が実際の障害部位と一致することが判明しました(図4)。
※頚髄症:加齢にともなって首の骨(頚椎)の脊髄が通っている部分(これを脊柱管といいます)が狭くなり、脊髄が圧迫されて手足のしびれや麻痺などを引き起こす疾患
  最近では、腰の神経の磁界も測定することができるようになり、腰椎の中で神経が活動する様子を可視化することができるようになりました。腰椎での神経圧迫(腰部脊柱管狭窄症)は、頚髄症の患者さんの約3倍いますので、さらにたくさんの患者さんのお役に立てる装置に進歩しています。
図4 脊髄活動とMRI画像の重ね合わせ表示。赤色が活動の強い部位。尾側から頭側へ移動してきた脊髄活動が椎間板ヘルニアのある第5/6頚椎間(赤矢印)で移動が停止し減衰する様子がわかる。

ですが、科学の世界は、政治や経済の問題に振り回されることがありますね。

  他ならぬ私もその一人です。実験がおおむね成功し、実用化への目処がそろったところで、初期の段階から開発に協力してくれていた企業が、開発の進行を凍結してしまったのです。原因はリーマンショックでした。今後の商品化が見えなくなり、さすがに「もう研究は続けられないだろうか」と諦めかけていました。

その危機はどうやって乗り越えられたのですか。

  つてを辿っていくつもの企業を紹介してもらいプレゼン資料を作成し、脊磁計の開発をお願いしました。みな研究内容に興味を示してくれるのですが、実際に費用のかかる開発となると、二の足を踏むという状況が続いていたのです。
  そんなとき、セコム科学技術振興財団へ出していた申請が通ったという連絡を財団事務局からいただきました。セコム科学技術振興財団では、単なる科学的発見や、技術の進化をすすめるためのではなく、実用化や社会への貢献を視野にいれたものに研究助成をしているとお聞きし、その主旨にあてはまる私達の研究を評価してくださったのだと思いました。これまで国の科研費など3億円あまり投じてきた研究費も無駄にならずに済んだと心から感謝しております。

今後の先生の研究は、どのような方向に展開されていかれるのでしょうか。

  セコム科学技術振興財団からの助成金のお陰で、脊磁計のハードウェアの改良が進み、ほぼ完成の域に近づいてきています。脊磁計は非侵襲的に脊髄の機能が診断できるこれまでにない検査機器です。体への負担がないので、何度でも誰にでも検査ができますので、成長や加齢に伴う脊髄機能の変化を明らかにできるはずと思います。また、軽症のうちから気軽に検査ができますので、神経圧迫の患者さんがどのように悪化していくのかがわかってくるでしょうし、薬を飲んだり手術をしたり治療によってどのように神経が回復してくるかも明らかにできるでしょう。もしかしたら、人間ドッグならぬ「脊髄ドック」などもできるかもしれません。このように脊磁計は、神経疾患の病態解明や、治療法の開発に大きく役に立つ装置だと思います。今後も世界中の人々の安心・安全のために研究を続けたいと思っています。

一刻も早い実用化が望まれますね。長時間の取材にご協力いただき、誠にありがとうございました。