東京医科歯科大学整形外科講師 川端茂徳先生インタビュー記事「超伝導磁気センサーを用いた革新的な非侵襲的脊髄機能診断装置の開発」

 手足のしびれや感覚の麻痺などの症状により整形外科を訪れても、通常診察に使用されるMRIやX線などだけでは原因となる病気をはっきり断定することはできません。症状や診断結果から原因を推測しかないのですが、手足のしびれる病気だけでも糖尿病など神経自体の障害や、血流障害、精神疾患などさまざまであるため、見分けるのはひじょうにむずかしく、きちんと診断できるようになるまでに10年ほどの臨床経験が必要だといわれています。
 しかし現在開発中の脊磁計ならば、体にメスを入れることなく、神経の損傷箇所を発見することができるため、誰もが簡単に診察することができます。開発者の川端茂徳先生にお話をうかがいました。

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1968年神奈川県生まれ。93年東京医科歯科大学医学部卒業、同大医学部整形外科に入局。河北総合病院、九段坂病院、緑成会病院等を経て、97年東京医科歯科大学整形外科医員。98~2002年東京医科歯科大学大学院医学系研究科在籍。02年同大整形外科医員、03年同大整形外科助手。03年から約1年間ドイツ・マグデブルグ大学留学。04年東京医科歯科大学整形外科助教。11年より現職。


整形外科医になられたきっかけをお聞かせください。

  実家は薬剤師で、私の叔父が開業医、兄が医学生でしたので、医者はどちらかというと身近な職業として感じておりました。ですが、大学受験時に工学の情報処理系にひじょうに興味をもっていましたので、受験前日まで、医学部にすすもうか、工学部にすすもうかどうかと悩みました。最終的には、医学部に入学を決めましたが、医師になるにせよ、将来は医学と工学の両方の知識を持って活躍ができればという思いを漠然ともっていました。

ですが、大学に入学されたあとは、テニスに明け暮れて、工学のほうはすっかり忘れておられたのだとか。

  お恥ずかしいかぎりです。学部を卒業し医者免許を取得してしばらくしたあと、母校の大学院に戻り、整形外科医として脊椎(背骨)や手足の末梢神経について研究に打ち込むようになりました。

神経というと、人間の身体の「情報処理系」ということになりますね。

  不思議なことに、高校時代に漠然と思っていたことに、興味の方向が傾いていきました。この点に関しては研究者として幸せだったと思います。整形外科を選んだのは「神経」に興味があったからです。神経を研究できるところといえば、他に神経内科や脳外科になる選択肢も考えられ、相当悩んだのですが、直接、神経を糸で縫ったりして機能を回復させられるのは、整形外科医だと考えこの道を志しました。

神経の病気や怪我で、手足がしびれたり、麻痺した患者さんの診断や治療は実際にどのようにしているのでしょうか。

  患者さんの症状をよく聞いて、手足のどこがしびれたり感覚が鈍くなっているのか、どの筋肉の力が弱くなっているかなどを丁寧に診察すると、体の構造から神経の働き(機能)がどこで悪くなっているかだいたい見当がつきます。もし手足の麻痺の原因が背骨の中の神経(脊髄)にありそうなときには、X線写真や、MRI (Magnetic Resonanse Imaging;磁気共鳴画像 X線ではなく、磁石と電波を使い体内の状態を断面像として描写する装置)などを使って、画像診断をします。脊髄は背骨によって覆われ、体の奥深くにありますが、MRIを使用すれば脊髄が圧迫されていたり、変形しているところがわかります。麻痺の原因が骨や椎間板、靭帯による神経の圧迫である場合には、その圧迫を手術で取り除きますし、背骨のグラつきが影響しているようなら、背骨をネジで固定します。
  最近のMRI、CTなどの画像診断装置の性能向上は凄まじく、脊髄や神経の圧迫や変形の診断は本当に容易になりました。ですがMRIは万能ではありません。神経が圧迫されて変形していても、実は神経の機能は保たれているということがよくあるのです。MRIなど画像診断の形の情報だけに頼っていると、症状を起こしていない場所を治療してしまう可能性もあります。ですので、患者さんの症状や診察結果から神経の働き(機能)がどこで悪くなっているかをしっかりと把握して、そのうえで画像診断の結果を判断しなくてはいけません。

実際に圧迫されていても、悪くない人がいるとは驚きですね。

  人体の機能というのは奥が深く、少しくらいの不具合があっても、何とか機能を保とうとするからです。たとえば、高齢で元気な人にボランティアでMRIを撮影させてもらうと、3割ぐらいの人に脊髄の圧迫や変形がみられたという報告があります。また、高齢になると脊椎のいろいろな場所が狭くなってくるのですが、たくさんの部位に画像診断で圧迫があるように見えても、実際に麻痺の原因となっているところは1ヶ所のことも多いのです(図1)。

図1.(a) 頚髄圧迫患者の頚椎MRI画像。複数の場所で脊髄が圧迫されているように見える。(b)脊髄誘発電位検査。第3頚椎と第4頚椎の間で電位波形が変化しており、その部位が真の機能障害部位と診断できる。(c)脊髄誘発電位測定のためには、脊椎の中にカテーテル電極をX線透視を見ながら挿入する必要がある。手技に熟練を要し、患者さんへの負担が大きい。

手足がしびれているという人が、神経の圧迫が原因ではない場合もありますよね。

  手足がしびれる病気は、糖尿病などの神経自体の障害、手足の血流障害、脳や精神疾患など、とてもたくさんあります。このような神経圧迫以外の病気の患者さんに、脊椎の「もっともらしいところ」にMRIで圧迫があるととても悩ましいのです。このような場合、先程述べたように、詳細な感覚や筋力の検査、深部腱反射など「神経学的所見」をしっかり取ることが大事ですが、これが上手に取れるようになるまでには10年くらいの臨床経験が必要になるかと思います。まず、しっかりした診断ができないと、神経が原因でない人に手術をしてしまうことになりますし、あるいは、本当に治療が必要な人に対して、手術をためらってしまうこともあります。これらをできるだけ減らしたいのです。

MRIがどんなに進歩しても、診断には限界があるということですね。

  はい。このような場合には、電気生理学的な検査が役に立ちます。神経は電気で興奮して、その興奮が移動してゆくことによって、感覚や運動の情報を伝えるのですが、その電気活動を測定することで、神経の働き(機能)を診断するのです。神経を電気で人工的に刺激して、神経電気活動の移動が止まるところを発見できれば、そこが患部だということが正確にわかるのです。とくに、脊髄の近くに記録用の電極を置いて、脊髄の機能障害部位を細かく診断する方法が、脊髄誘発電位測定です。この方法は、私の師匠の四宮謙一先生を始め、多くの日本の整形外科医が開発し、発達させてきた診断法です。

分野は違いますが、工場で生産された電子回路の基板を検査するとき、試験用の電流を流してみて、電流がとぎれたところが不良箇所だとわかります。また、自転車のパンクを見つけるとき、空気をいれてみて、漏れている箇所を見つけようとします。原理的にはこれらと同じと理解していいでしょうか。

  基本は同じですね。私達のグループの方法では、患者の首に記録用、腰に刺激用の2つの電極を背骨の中の神経のそばに挿入します。腰のところの神経を刺激すると、頭に向かって神経活動が移動してくるのですが、患部である首のどの部分で電流活動の移動が遅くなったり、電圧が小さくなるかを計測することで、患部が正確に把握できるのです。