東京医科歯科大学整形外科講師 川端茂徳先生インタビュー記事「超伝導磁気センサーを用いた革新的な非侵襲的脊髄機能診断装置の開発」


川端先生のグループはこの分野で世界のトップランナーだとお聞きしています。

  ありがとうございます。これにより、たくさんの患者さんのお役に立てたのではないかと思いますが、この方法にもいくつかの問題があるのです。まず第一に、患者さんへの負担です。患者さんの身体のなかの2カ所に電極を挿入するわけですから、気軽に行うわけにはいきません。
  第二に、カテーテル状の電極を皮膚から注射針を通して挿入するのですが、図1をみればおわかりのように、背骨と脊髄のせまい隙間(専門用語では硬膜外腔といわれる部分)に、それを差し込むという高度な手技が必要です。電極を通す注射針をX線テレビを見ながら、慎重に入れていき、神経の手前で寸止めしなければいけません。挿入時に誤って神経を傷つけてしまっては大変ですから、私達は毎回たいへんな緊張状態のなかで検査をしています。時間も1時間30分ほどかかります。

脊髄を流れる電流は、患者さんの身体の外から計測できないのですか?

  体の表面から「深い」部分に存在することと、電流が脊髄の周りの骨などの組織の影響を強く受けてしまうため、外部から電流を測っても骨の中の神経の活動は診断できません。
ところで、中学の理科を思い出していただきたいのですが、電流が流れるとその周りに“磁場”が発生します。いわゆる“右ねじの法則”というものです。磁場は骨などの組織の影響をほとんど受けないので、神経が発生する磁場を計測することで神経の活動を診断することができるのです。

すでに他の医療分野、たとえば脳磁計といったものでは、脳の神経活動を正確に計測することができています。

  最初は、私達も脳磁計をそのまま使用できるのではと、淡い期待を抱きましたがすぐにダメだとわかりました。脳の神経は体表面から約3センチのところにあるのですが、脊髄は5センチより深く、磁場の信号がずっと小さいのです。また、脳磁界は持続時間が長く、静止しているシナプス活動がメインであるのに対し、脊髄磁界は持続時間が短く、高速で移動する軸索(神経細胞の長い突起のような部分)活動も捉えなくてはいけないのです。

それらを計測するための専用の装置を作らなければならなくなった。原理は脳磁計と同じだが、それを脊髄専用に大きく改良していく必要があった。それが脊磁計ということですね。

  平成10年頃から、電極を挿入せずに身体の外から脊髄の神経活動を計測する装置、脊磁計の開発に取り組みはじめました。最初は横河電機に発注しましたが、実際に技術協力をしていたのが、金沢工業大学の足立善昭先生だったので、最終的には彼と共同で開発をすすめていくことになりました。
  まず、動物実験においては、世界で初めて脊髄の神経活動を可視化するのに成功しましたが、人間においては脊髄磁界か脳磁界の5分の1以下であること、脊髄と皮膚の間にある筋肉の磁界が混入してしまうことなどがあり、計測は容易ではありませんでした。

また、測定する際の被験者の姿勢にも問題があるとお聞きしました。


  脊髄の磁界は、お腹側から計測するわけにはいかず、背中を上にした姿勢(腹臥位)で計測しなければなりません。長時間この姿勢を保とうとすると、それだけで筋活動による磁界ノイズが増えてしまうのです。そこでセンサー面を下向きから横向きに変更し、座ってリクライニングをした姿勢で測定できるようにしました。この改良で、私を含めて若い健常人の脊髄磁界が計測できるようになりました。世界初の成功です。しかし、麻痺のある患者さん、とくに高齢の患者さんは動かずに座っていることが難しく、さらにセンサー面を上向きにして仰向けの姿勢で計測できる装置を開発しました(図2、3)。下向きから上向きのセンサーへの改良は技術的に難しく、足立先生にはとても頑張っていただきました。