京都大学防災研究所巨大災害研究センター 教授 林春男先生インタビュー「地震災害からの総合的復旧指標の開発と、高齢社会に適した効果的な減災戦略の確立」


誰でも答えられるような形で、こちらが知りたいことを聞いていくというのは、思っているほど簡単じゃないですよね。

 私は社会心理学が専門なので「人は嘘をつく」という前提でやっています。人の言動というのは、やはり「社会的な望ましさ」というものを十分配慮して行われるわけです。英語でいうと、Social desirability 。私たち専門家は、このSocial desirabilityの無意識の介入を排除しきれないという前提に常に立っています。
 質問項目は、回答していただく方と私たちの間の、ある種の対話です。記憶の糸を解きほぐしてもらいながら回答していただくわけなので、質問の流れというのも、たいへん重要です。これをカバーストーリーと呼んでいますが、一つの質問が次のことを想起させる、思い起こさせるようにすること、気持ちを段階的にほぐして、本音で答えやすくなるように小さな工夫をいくつもこらしておく必要があるのです。

小さな工夫とは具体的にはどういうことですか。

 なるべく最初は立ち入った質問をせず、時系列に沿って事実の把握のようなことから始めて、だんだんと内面的な印象、感想について話を進めていきます。
 さらに、ひとつのことを測りたいときには、質問をいくつか分散しておきます。Aという文脈ではイエスと答えているのに、別の文脈ではノーと答えているとすれば、それは、「社会的に望ましい」を考慮して答えている可能性があるわけです。一つの答えを取り出すために、二重三重のしかけを施しているということです。  阪神淡路大震災のときに「なぜ調査が2年に1回だったのか」というと、予算の問題もあったかもしれませんが、だいたい1年かけて調査の準備をし、1年かけて解析をする必要があったからです。それほど私たちの研究の準備には、時間がかかりますし、解析も通り一遍の方法ではなく、全てを尺度として行います。最終的には潜在構造分析という方法を使って、それぞれの答えにどういう因果関係があるのかを明らかにしますが、そこまでいくと、やはり1年ぐらい経過してしまいます。

調査を進めるにあたって一番苦労された点は何でしょうか。

 資金集めです(笑)。多くの人が、私たちのような研究にはお金がかからないだろうという思い込みがあります。「工学や理学の人たちはお金がかかるけど、社会科学の人たちは紙と鉛筆だけでいいだろう」という意識が研究の妨げになっています。
 しかし、このような調査を行えば、どんなに安くてもサンプル1票につき2000円くらいの経費がかかります。できるだけ大きなランダムサンプルで、代表性があるように調査をしようとすれば、1000くらいの数が分析対象として最低限ほしい。その時点ですでに何百万円というコストになるわけです。残念ながら100%回答されるわけではないので、1000のサンプルを残すには3000ほどの数を集める努力をしなければいけません。
 セコム科学技術振興財団は「助成金は出すけど、なるべく口は挟まない」という姿勢で、とても温かく見守っていただいたと思っています。ですから、逆に言えば、計画をどれだけチャレンジングに書くかということが、これから助成を考えておられるみなさんには、大事なポイントではないでしょうか。小さくまとめるよりも、何か新しいものに積極的に取り組みたいから、セコム科学技術振興財団さんの力を貸してもらう。そんな形が望ましいのではないかと思います。

最後になりますが、先生のご研究というのは「みんなが漠然と感じていることを学際的な形として統合していく研究」と捉えていいのでしょうか

 はい。防災というのは学際的な分野の最たるものですし、私たちの役割というのは、一つひとつの常識的なことを、科学的事実に置き換えていくことです。私の専門は社会心理学ですが、心理学ですべてが説明できるとは思っていません。防災には、建築の知識や地震学の知識など、じつに様々な知識の統合が必要になるのです。ですから、防災には特定の学問分野が重要ととらえるのではなく、全ての知識を総合化することから見えてくるものを理解していかなければならないのです。
 ひとつの学問分野から見て「それは常識であり、基礎的な知識だ」と言われるようなことでも、それらを一つひとつ繋ぎ合わせていくことで、全体像としては大きな成果が現れてきます。それを社会に還元していくことが私たちの使命だと思います。

ありがとうございました。