京都大学防災研究所巨大災害研究センター 教授 林春男先生インタビュー「地震災害からの総合的復旧指標の開発と、高齢社会に適した効果的な減災戦略の確立」

地震のような災害への対応は、自然科学系のものだけが重要なのではありません。たとえば「どれぐらいの被害を受ければ“被災者”と認定されるのか」「被災者の心理ケアは?」「“復興”とは具体的にはどのような状態か」など少し考えてみれば、社会科学系のアプローチが欠かせないことがわかります。過去の災害をどのように捉え、それを未来へ活かしていくべきか、林春男先生にインタビューをさせていただきました。

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1951年東京都生まれ。1983年UCLA Ph.D. 弘前大学、広島大学を経て、1994年京都大学防災研究所助教授、1996年より現職。専門は社会心理学、危機管理・災害情報システム。文科省科学技術・学術審議会専門委員、日本学術会議連携会員等。主な著書に「しなやかな社会への試練-東日本大震災を乗り越える-」(日経BPコンサルティング 京大・NTTリジリエンス共同研究グループ著 2012年)、「組織の危機管理入門-リスクにどう立ち向かえばいいのか」(丸善株式会社 2008年)、等がある。

今回の研究テーマを選ばれたプロセスについてご説明ください。

 なぜ今回のテーマを選んだかと言いますと、以前、阪神淡路大震災からの復興過程の追跡調査を行っていたことがあります。とくに震災発生後5年目から10年目までの間に、2年に1度ずつ、4回に渡って復興の軌跡を追いかけていました。
 しかし「継続的な社会調査で復興プロセスを追う」ということを社会に認知してもらうため、周りの人たちをいろいろ説得しましたが、体制が整うまで5年もかかり、その期間は欠測になってしまったのです。

下図は、そのときの調査をもとに完成したモデルですよね

 はい。災害からの復興を時間の対数で捉えたモデルです。阪神淡路大震災を追う過程で作り上げました。  最初の10時間くらいの特徴は、対数で言えば“刻み”がたくさんある状態です。いろいろなことが集中して発生しますが、被災者は何が起きたかわからない、集団失見当のような状態になります。そこで「情報が欲しい。情報が」と多くの人が言うのです。情報は集めなければ手に入りませんが、ラジオやテレビ、携帯電話などの機能が失われてしまっていて、被災者の方々は、何が起きたかよくわからないのです。反対に被災地外のほうが、テレビやラジオで状況をよく把握しています。
 2番目が、10時間を過ぎ100時間の期間です。皆が断片的な情報を補い合う時間でもあります。自衛隊や消防などにより人の命を救うための救助活動が一番優先され、情報がある程度行き渡ると同時に、皆が対応に一生懸命になりはじめますが、実際に被害が出てひじょうに困る人達と、被害がなくて「恐かったね」で済む人に分かれて、被災地の状況というものが自分たちも客観的に把握できるようになります。  3番目が、被災地、避難所での生活期間です。大災害では基本的に電力や水、ガスなどのライフラインが止まっているため、ある種の原始共産制のような世界が生まれます。お金や学歴が役に立たない配給の世界なので、みんなが平等になり、これまでとまったく違う価値観が発生しています。同時にボランティアの方々が来てくれるようになり、助け合いが行われて「ありがとう」という言葉が最も大事な通貨になる。これを「災害ユートピア」と呼んでいます。
 ところがそれも一時期のことで、ライフラインが戻れば、厳しい現実が戻ってきます。お金を持ってる人は立ち直りが早く、貧しい人は辛い、という現実への帰還をしなければいけません。これには、とても長い時間がかかります。現実を受け入れて、新しい場面に踏み出し、生活再建を始めます。

復興のプロセスを時間の対数で捉えたというのが、このモデルだと。

 阪神淡路大震災のおかげで、このような〈ものさし〉がいくつか完成していましたから、そのプロセスを中越地震、中越沖地震で初年度から追えば、大災害からどのようにして、地域が復興していくのかの正確なデータをとることができ、それらを解析すれば総合的復旧指標ができあがるのではないかと思い、今回のプロジェクトを始めた、というのが経緯です。