東京大学大学院 医学系研究科加齢医学 教授 秋下雅弘先生インタビュー「地域における総合的な在宅医療福祉システムの導入とそれに対応する情報システムの開発」(第2回)


第1回のインタビューでもおっしゃっていましたが、やはり高齢者の問題は医療だけで解決できるものではなく、福祉をはじめとする他分野との連携が重要になるのですね。しかし今の若者が高齢者になる前に、2025年には団塊の世代が75歳になってしまいますが……。

 いま前期高齢者の要介護認定率は4%ですが、後期高齢者の要介護認定率は30%を超えています。団塊の世代が後期高齢者になれば介護現場が混乱することは必至であるため、一刻も早く介護予防の研究を進めていかなければなりません。学生たちの間でも、基礎研究から老化促進を抑える創薬へと繋げようとする動きが広がっています。

薬といえば、病気を治すための治療薬に関することですが、先生は高齢者の服薬についても書籍を出版されています。

 私が高齢者の診療で特に意識しているのが、薬の量と種類です。高齢になればなるほど薬は効きやすくなり、副作用のリスクが高まります。
 多くの医療機関や製薬会社では、高齢者が服用する薬の量を「成人」として、若者や中年と同じ量を出したり、指定したりしています。しかし高齢者は臓器の働きや生理機能が衰えており、特に腎機能は80代になると若者の半分くらいまで低下してしまうため、飲んだ薬を吸収した後、体外に排出しようとしても半分しか出せません。つまり高齢者が薬を飲むと、その薬は長く、多く体の中に留まってしまうのです。

 若いときよりも薬が効きやすい状態になるのは、このためです。子どもは体が小さいために、成人よりも少ない量の薬が処方されます。それと同様に、本来であれば高齢者用の薬も、代謝機能の低下に応じて量を調節すべきなのです。

若いころから常用している薬を、高齢になっても同じように飲んでいる人は多いと思いますが……。

 たとえば薬局で受け取る薬の説明書や、市販薬の箱には、副作用として「湿疹」「吐き気」「頭痛」などが明記されています。その通りの症状が現れた場合は「副作用がきつい」と感じて、服用を止めるでしょう。
 しかし高齢になると、定型的な症状が出にくくなります。「何となく体がだるい」「あまり食欲がない」「物忘れの回数が増えた」と感じても、それが薬の副作用だと気付くことは困難です。それどころか副作用のせいで「薬が効いていない」と勘違いしたり、「昔みたいにスッキリ治らない」と不満を抱いて、服薬の回数や、一度に飲む量を増やしたりする恐れがあります。

効き過ぎの状態になっているのに、薬の量を増やしてしまうというのは、恐ろしいことです。種類については、どのようなことを意識されているのでしょうか。

 老年医学会では、高齢者に処方する薬は「5種類まで」が適当であるとしています。東大病院の老年病科において、服用する薬の種類と副作用の発生の関係について調査した結果、6種類を超えると薬の副作用の発生頻度が急激に15%近くまではね上がったためです。

処方された薬が6種類以上ある場合は、どうしたらいいのですか。

 多種類の薬を服用することを『多剤併用』といいます。
 多剤併用の問題は、主作用とは異なる相互作用が起きることです。たとえば医師や薬剤師から「A薬とB薬は一緒に飲んではいけない」と説明を受けたことはありますか。あれは、A薬とB薬が相互作用を引き起こすことが分かっているためです。しかしそこにC薬が加わると、何が起こるか分からなくなります。2種類の薬が引き起こす相互作用については研究が進んでいますが、3種類以上の相互作用については、まだデータがないのです。
 ただ5種類までというのは、あくまで目安です。70歳以上の高齢者は平均で6〜7種類の薬を飲んでいますが、多くの病気を抱えている患者さんは、必ず飲まなければいけない薬があります。ですから5種類以上になったからといって、主治医に相談せず自己判断で服用を止めたりしないでください。

医学的なデータがなければ、その症状が何らかの病気によるものか、薬の相互作用によるものか、分からないのではないでしょうか。

 はい。薬による症状を病気の症状だと勘違いして新たな薬を処方し、別の副作用が出ればまた新しい薬を処方して……というふうに、どんどん薬を増やしていった結果、患者さんが重篤な状態に陥ってしまうという『処方カスケード』が、最近メディアでも取り上げられるようになってきました。
 私は市民公開講座や院内の高齢者教室などで、患者さんやその家族、広く市民の方々にこの薬の話をして、医師から薬を受け取るときは注意するよう呼びかけています。また大学教員として、実習生や研修生の指導も行っています。具体的には次のような順序で、薬の処方の見直し方を学ばせています。
 1.この患者さんにとって、どの病気を治すことが最も重要か。
 2.その病気の症状を抑える薬はどれか。
 3.その症状を副作用として引き起こす薬はどれか。
 多くの学生は、1と2はスムーズに答えられても、3になると言葉に詰まり、答えられなくなってしまいます。私独自の指導法ですが、薬の副作用がもたらす症状に着目できる視点や感覚を身につけることが大事だと考えています。
 さらには患者さんが誰と生活しているのか、誰が服薬管理をしているのか、要介護認定を受けているのか、担当ケアマネージャーは誰なのか等、患者さんの退院後の生活を支える福祉知識が必要になることも、十分な時間をかけて伝えています。

 『健康長寿診療ハンドブック』(日本老年医学会発行)より

社会福祉や介護福祉の専門知識について、どれくらい覚えておく必要がありますか。

 福祉や介護の知識を全部暗記しなければならない、というわけではありません。高齢者医療は、臨床研修を終えた研修医にとっても『応用問題』です。医療問題を解決するためには医療分野以外の知識や視点、他職との連携が必要になることを知ってもらえれば、と思っています。