脳機能障害のリハビリ支援のためのフィードフォワード・エンハンサ
高橋 宏知 先生

東京大学 大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授

VNSはフィードフォワード経路を強め、相対的にフィードバック経路を弱める。この仮説の検証に向けて、どのようにアプローチされましたか。

まず、耳珠に外部から電気刺激を与えることで非侵襲に迷走神経を刺激するtaVNSという手法を用いて、健常者の脳の活動変化をMRIで観察しました。その結果、taVNSは前頭葉や頭頂葉といった脳の高次領野を不活性化させることがわかりました。

また、ナンバーサイモンタスクという検査も行いました。画面の右か左に1から9の数字が表示され、1から4の数字が表示されたら左ボタンを押し、6から9が表示されたら右ボタンを押す、という課題です。一般に、表示場所と押すボタンが同じ側のときは反応が速く、逆側のときは遅くなり、これをサイモン効果と呼びます。

検査の結果、taVNS刺激下では、前試行と次試行で条件が切り替わると反応が遅くなる傾向が見られました。これは「今の状態」を認識して反応を修正するフィードバック経路が弱まり、直前の試行に影響されやすくなっていることを示唆しています。

taVNSは、耳珠をクリップで挟み、皮膚の上から電気刺激を与えるという非侵襲な手法。taVNSとMRIを併用して、迷走神経への刺激が脳活動をどのように変化させるかを調べた

仮説を支持する結果が得られたのですね。それでは、こうした効果をもたらすVNSを受けているとき、脳内では何が起こっているのでしょうか。

先行研究から、フィードフォワード信号が伝播されるときは、大脳皮質の表面にある神経細胞が活動して40Hz前後の「ガンマ波」が伝播し、脳の深部が活動するフィードバック信号では5Hz前後の「シータ波」が伝播するとされています。したがって、脳波を計測・解析すれば、フィードフォワードが行われているのか、あるいはフィードバックが行われているのかを判別できます。

そこで、ラットに微小電極アレイを埋め込み、VNSによって迷走神経を刺激したときの脳活動の変化を調べました。音の刺激を与えて脳から出てくる信号を計測したところ、VNSを行いながら音を聞かせると、徐々にガンマ波が強くなる一方で、シータ波は弱くなるという変化が確認できました。この結果から、VNSによってフィードフォワード信号が強まり、相対的にフィードバック信号が抑制されることが実証されました。

ラットの聴覚野に埋め込んだ微小電極アレイ。大脳皮質の浅層から深層まで、層ごとに神経細胞の活動を捉えることができる

このような変化には、何らかの脳内物質が介在しているのでしょうか。

それを明らかにするため、薬理作用についても検討を行いました。

まず、ラットにアセチルコリンの拮抗薬(細胞の受容体に結合し、本来そこへ結合する物質の働きを妨げる薬)を投与すると、ガンマ波の増強が見られなくなりました。このことから、VNSによるガンマ波の増強は、アセチルコリン系の物質を介在して起こっていることが示唆されます。また、ノルアドレナリンの拮抗薬を投与すると、シータ波の抑制が抑えられました。すなわち、シータ波が弱くなるのはノルアドレナリン系の物質によることが確認できました。

アセチルコリン拮抗薬を投与されたラットでは、VNS刺激下(VNS+Mec)でもガンマ波の増強が抑えられることが分かった。さらに、ノルアドレナリン拮抗薬を投与されたラットでは、VNS刺激下(VNS+Phe)でもシータ波が抑制されていないことが示された

脳波や薬理効果の検証を経て、VNSのメカニズムの全体像がかなり解明されてきたのですね。

はい。そこからさらに、細胞レベルでの詳細な検証へと進みました。

大脳皮質の聴覚野には、基本的な音の処理を行う「一次聴覚野」と、一次聴覚野からの入力を受けてより高度な処理を行う「二次聴覚野」が存在します。すなわち聴覚野では、低次領野である一次聴覚野から高次領野である二次聴覚野へ伝播する信号がフィードフォワード信号、その逆がフィードバック信号となります。

実験では、まずラットの聴覚野に100本の微小電極アレイを挿入し、個々の細胞がどのような情報処理を担っているかを調べて、各細胞が一次聴覚野と二次聴覚野のどちらに属するかを同定しました。そのうえでVNSを行い、聴覚野におけるフィードフォワード・フィードバック信号の変化を測定しました。

その結果、VNSによって低次領野から高次領野へ向かう流れ(フィードフォワード)が非常に強まることがわかりました。高次領野から低次領野へ向かう流れ(フィードバック)も少し強まりましたが、全体のバランスとして「VNSを行うとフィードフォワード信号が相対的に強くなる」ことが、細胞レベルの信号伝播においても確認されたのです。

VNSが、細胞どうしの信号伝播にまで共通の効果をもたらすとは驚きです。

さらに詳細に、一つひとつの神経細胞が示す変化についても調べました。

あらかじめラットにさまざまな周波数と強度の音を聞かせて個々の神経細胞の受容野(神経細胞が反応する刺激の領域)を調べたうえで、それがVNSによってどのように変化するかを解析しました。

その結果、フィードフォワードを担う低次領野ではVNSによって受容野が広がる一方で、フィードバックを担う高次領野の深層の神経細胞は受容野が狭くなり、個々の細胞レベルでもVNSがフィードフォワード経路を強める効果を持つことが確認されました。

ここまでの成果をまとめると、人の行動から個々の細胞に至るまで、VNSによってフィードフォワード経路が増強され、フィードフォワードとフィードバックのバランスが変化していることを統一的に検証できたと言えます。