ELSI分野

現代の科学技術の方向性と評価のあり方を探る

特定領域研究助成は領域代表者による研究構想に沿った研究を実施するプロジェクト型の研究助成です。

領域代表者
小林 傳司 先生

大阪大学 COデザインセンター
特任教授

 

現代の科学技術は、真理の追求という古典的な価値に加え、SDGsの議論に見られるような社会的課題の解決やイノベーションを通じた経済的発展への貢献も社会から期待され、また科学技術研究者の側もそのような価値の実現を約束しようとすることが多い。さらに、研究そのものが実験室で完結するとは限らず、ビッグデータの活用のように広く社会そのものをフィールドとしたタイプのものも増えている。つまり、現代の科学技術研究は社会との頻繁かつ濃密な相互作用が伴うものになりつつある。

このような状況において、例えばiPS細胞やゲノム編集技術、あるいは情報科学技術の成果の社会実装にまつわる課題については、技術の倫理的・法的・社会的側面について、科学技術研究者が何をどのように配慮すべきかを中心に検討されることが多かった。その場合、社会実装の対象となる科学技術そのものは中立的な存在と見なされている。

しかし、AIの顔認証技術が学習データに含まれる社会的価値観を増幅している可能性が指摘されているように、科学技術そのものは中立的という立場が揺らがないだろうか?そもそも、この科学技術は我々の社会にとってどのような意味があり、将来、どのように展開されていくと考えられ、そしてそれは望ましい方向性なのだろうか?inclusiveな社会の実現といった社会的課題解決に科学技術はどのように貢献できるか?社会が必要としていて、社会から信頼され、受け入れられる科学技術とは何か、それらは誰がどのように判断すべきなのか、その判断で基礎研究・技術開発を止めることがあり得るのかといった、科学技術の「方向性や評価」に関する検討が必要となってきている。そのような科学技術を評価する際にピアレビューに加えてどのようなシステムが有効か、といった仕組みの検討も必要であろう。 本領域では、このような観点から、科学技術の方向性や評価を検討する研究提案を採択した。研究提案にあたり、科学技術研究者と社会科学研究者が組むなど、多様性のある体制、また、単なる理論構築を目的とするのではなく、将来の社会実装も念頭に置いた検討であることがより望ましい。

また、最近の機械学習系人工知能の発達は、囲碁や将棋におけるプロとの対戦報告などでメディアをにぎわせているが、人工知能やロボットによって人間の仕事の代替が行われ職が奪われるとする報道や、与えられた目的と枠組みの範囲内とはいえ自ら学習する人工知能が組み込まれたシステムにおいて、システムが人間の意図しない動作をして人間のコントロールを越えてしまう懸念などが表明されている。学会での倫理指針の策定や国際標準の議論も盛んであり、人工知能をどうコントロールしていくかが話題となっている。あるいは、ドローンなどの無人飛行技術と人工知能を組み込んだ遠隔操作技術を組み合わせれば、火山灰や火山性の有毒ガスが多く人間が簡単には入れない無人島にドローンを飛ばし、島の形や等高線を遠隔にいながら把握することができる。しかし同時に、無人飛行技術と遠隔操作技術の組み合わせは、民生用以外の用途にも開けており、倫理的側面の議論が不可欠である。

以上のように、現代の科学技術の方向性と評価のあり方を探るの研究の必要性は高く、かつ多方面にわたっている。本領域では、このような問題意識を共有した上で日本の当該領域を切り開くような意欲的な研究を採択した。