ゲノムデザイン研究における開かれたガバナンスの再考
三成 寿作 先生

京都大学 iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門
特定准教授

助成期間:平成31年度〜 キーワード:生命科学 研究ガバナンス 研究倫理 研究室ホームページ

2010年北九州市立大学大学院国際環境工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)。同年、京都大学人文科学研究所博士研究員。大阪大学大学院医学系研究科特任研究員を経て、2013年より同研究科助教となる。2014年にオックスフォード大学への短期海外派遣(生命倫理)を経験し、2015年に日本医療研究開発機構(AMED)に出向。2017年7月、京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門特定准教授となり現在に至る。 文部科学省やAMED、科学技術振興機構(JST)などにおいて、研究事業の企画・運営や行政指針の改正に関与することにより、研究領域の発展や研究環境の調整にも取り組んでいる。

まず、ELSIに関心を持たれたきっかけを教えてください。

特に2つの大切なきっかけがあります。1つは、私が大学生になったばかりのころに開催された「Bridge the Gap 2001 ワールドシンポジウム北九州」です。科学と文化をつなぐ場の創出を目的に、芸術、科学、社会学、都市計画など、様々な分野の第一線で活躍する方々が一堂に会しました。4日間の会期のうち3日間は、朝から晩まで参加者が英語で議論し続けるという異例の構成です。多様な価値観と経験を持つ人々の対話から生み出される新しい視座、新しいつながりを目の当たりにして深く感銘を受け、将来、このような人々の議論に一石を投じられる存在になりたいと強く思うようになりました。

もう1つは、2011年に米国国立衛生研究所(NIH)の国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)による支援で開催された国際会議「2011 ELSI Congress: Exploring the ELSI Universe」です。私は博士号の取得後には、科学と社会との関わり方について研究をしたいと考えていたのですが、具体的な道筋が見えず、もどかしい思いでいたのです。ゲノム研究における倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の検討を主題とするこの会議に参加したときには、「新しい研究領域に取り組みたい」とおぼろげにしか描けていなかった将来像において、突然ピントがあったような感じがしました。

会議には350人もの研究者が集まり、様々なテーマの下で議論が白熱しました。ELSIについてほとんど知らないままこの世界に飛び込んだ私は、見聞きするものすべてを吸収しようと無我夢中でした。いろいろな先生にスライドを後で送ってほしいとも頼み込みました。ある意味、人生の転機となった3日間でした。

「社会のなかで科学技術をどのように取り扱っていくべきか」というELSIの本質的な問題意識に共感されたのですね。

そうかもしれません。まず私は、学問と学術は目的や想定において違いがあるように思っています。(自然)現象への理解や知識の探求などを目指す「学問」と、社会との関係性をより意識した「学術」といったような意味合いにおいてです。どちらも大切な営みですが、私は科学技術と社会との架け橋になりたいという思いが強く、どちらかといえば学術の道を模索しているうちにELSIを探求するようになりました。

社会のなかで科学技術のあり方を決めていくうえでは、多様な価値観や知識、経験を持つ人同士の対話が必要です。専門家が自身の専門分野とは異なる専門家と議論するだけでなく、より多様な関係者と意見交換を図っていく必要があるように思っています。

また、学問よりも学術に関心を抱いた背景には、尊敬する建築家やデザイナーから受けた影響もあります。建築物や服、家具などの実用品において、独自の思想をいかに練り表現するか、また同時にどのように経営を成り立たせていくかといった、創造と存続をめぐる現実的な問いへの先達による対峙・挑戦にはいつも感化されています。

ELSIとアート鑑賞に共通点があるとは、意外でした。

ELSIに関して、専門家だけでなく一般の方も含めて議論する手法を、これまで模索してきました。そのなかで「対話型鑑賞」という手法と出会いました。もともとはニューヨーク近代美術館(MoMA)において1980年代後半に開発された鑑賞プログラムですが、現在では、日本においてもアートや教育分野だけでなく、様々な分野で用いられています。ファシリテーターと鑑賞者、また鑑賞者同士の対話により、参加者が芸術作品への理解を深めるとともに、観察力や対話力、傾聴力を磨く機会を得ることができます。今年の夏には、対話型鑑賞の日本上陸30周年を機に東京国立博物館で開催されたフォーラム「対話型鑑賞のこれまでとこれから」に参加することができ、科学技術とELSI、対話型鑑賞の接点とその可能性について発表を行いました。このような取り組みでは、京都芸術大学のアート・コミュニケーション研究センターの方々に大変お世話になっています。

つなげる対話を体現されたのですね。対話を有意義なものにするための鍵があれば教えていただけますか。

その場に集うすべての参加者が、皆で1つの大きな知を作ろうという意識を共有すること、だと思います。

特に参加者一人ひとりを理解して魅力を引き出し、議論の幅や切り口、深みを調整する手助けをするうえで、ファシリテーターの存在は要だと思います。また、それぞれの参加者が、意見の多様性をいったんは受容したり、それぞれの意見の関係性やその背景を把握したりしようとすることで、よりよい議論が生まれるような気がします。

また場のデザインといった観点から、緊張感が高まる可能性のある場などでは、最初に気楽な、もしくは、主題とは無関係の話題を提供しておき、さりげなくアイスブレイクしておく方が望ましいように思います。そうした素地が用意されてこそ、個人が意見を発言しやすくなり、本当の対話が生まれてくるのではないでしょうか。

二十歳の頃、将来自分は何をするべきか、大いに悩んだという三成先生。様々な本を読み、色々な国を旅して、将来を模索した経験が今につながっている