ゲノムデザイン研究における開かれたガバナンスの再考
三成 寿作 先生

京都大学 iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門 特定准教授

先生は科学と社会との接点に関して、統合的アプローチの重要性も指摘しておられますね。これはどのような試みでしょうか。

蓄積された知見を収集・整理し、将来像も含めて考察して、実社会で役立つように提示することを、ときに統合的アプローチと称しています。どのような研究領域も、その発展につれて競争状態が激しさを増すとともに、領域の細分化が進むような気がしています。知識の生産者の視点からは、競争環境と領域の細分化により知識の増大が加速する一方、知識の利用者の視点では、生産された知識をどのように社会で取り扱っていくべきかが、その分、問われることになります。

ELSIの分野も例外ではないように思います。社会において本当に求められている知見は何か、一度立ち止まって思案する必要性を感じました。そこで、ゲノム研究の発展やゲノム医療への移行を主題として論点を取りまとめ、2018年に「Tensions in ethics and policy created by National Precision Medicine Programs」という論文を発表しました。この論文は、NIHが主催した2019年のELSIワークショップにおいて、7本の推薦論文のうちの1本に選定されました。思いもよらないことでしたが、仮説的に取り組んだ統合的な研究手法の価値が認められたような気がして、大変うれしく思いました。

研究者や政策実務者が広い視野を獲得するためには、分野全体を見渡す統合的なアプローチや、フォーラムにおける対話が有効と考える

現在、ELSI領域で注目しておられるのはどのような問題ですか。

現在は、ゲノム領域においてオープンサイエンスはどうあるべきか、という問題に取り組んでいます。

ゲノム情報の共有をめぐる環境は急速に変化しており、その整備は喫緊の課題です。具体的にはヒトゲノム情報の共有、そしてウイルスゲノム情報の共有における課題を扱っています。

ヒトゲノム情報の共有は、医学研究や医療などにおいて必要な取り組みとなります。他方で、プライバシー保護の観点から、安易な二次利用や共有は避けられるべきです。またこのような情報は、将来、医学研究や医療などの発展のみならず、多様な価値を持ち得るため、継続的にその取り扱いを考慮していく必要があります。

ウイルスゲノム情報の共有は、当初は、新型インフルエンザウイルスなどの取り扱いを想定していましたが、新型コロナウイルスの出現により、一層喫緊の課題となっています。従来、ウイルスの取り扱いは実験室での隔離や管理に主眼が置かれていました。しかし近年、ゲノム情報が明らかであればウイルスの人工的な作製を容易に行えるため、管理すべき対象がウイルスそのものから、ウイルスのゲノム情報にまで広がっています。

このような論点は、解決されることのない課題とも捉えられそうですが、今後も検討していきたいと思っています。

難しい問題ですね。現状、ヒトやウイルスのゲノム情報を取り扱ううえでのルールと呼べるものはありますか。

ヒトのゲノム情報の取り扱いに関しては、例えば、欧州では、「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation: GDPR)」があります。国内では、個人情報保護法や医学研究領域の行政指針などがあります。他方、ウイルスのゲノム情報の取り扱いに関しては、現在、新型コロナウイルスの影響を受け、議論が揺れ動いているところです。

具体的には、どのような課題がありますか。

ウイルスのゲノム情報の取り扱いに関しては、現在も議論が継続していますので、ヒトのゲノム情報の取り扱いについて具体例を紹介します。例えば、一般的な個人情報の運用方法を主として定める個人情報保護法が、どの程度、医学研究や医療の特殊性に対応でき得るものなのか、という論点があります。ゲノム研究は、現在、行政指針に従う形で行われています。この行政指針においては、その性質上、個人情報の取り扱いに関わる箇所は、個人情報保護法との整合性を図る必要があります。このような場合、医学研究の参加をめぐる倫理的側面と、個人情報保護法による法的側面との調整がしばしば求められます。実際の議論においては、具体的な運用上の「手続き」の側面が強調されがちですが、私自身としては、基本的な見方や考え方の提示、また細則や注釈などを通じた研究現場の方に対する裁量の確保が重視されるように努めています。昨年には、ゲノム研究領域で活用された行政指針の20年間を振り返り論考として発表しました(Minari et al, J Hum Genet, 2021)。

また医学研究や医療、産業との境界領域への対応も大きな課題の1つです。取り扱われる情報やデータは、多様な価値を内包し得るため、研究機関や医療機関、企業が、どのような情報やデータが必要かに加えて、何に留意して利用するべきかを主体的に考えて明示化・規範化していくことが求められているようにも思います。